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      <title>ベンジャミン・クレームの活動とメッセージ</title>
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      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2007</copyright>
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         <title>目で読む「シェア・オブ・ジ・エア」　３</title>
         <description><![CDATA[<h3>これまでとは違う政治−強まる民衆の声</h3>

<strong>ＭＬ: </strong>私たちは確かに過去数年間，民衆の声を聞いてきましたが、おそらく最も劇的だったのは東ヨーロッパと旧ソ連だったと思います。しかし同時に多くの地域において人々の声はかき消されてきました・・・ユーゴスラビア、ソマリア、リベリア、ハイチなどでは社会的、政治的秩序が崩壊しました。今日の世界情勢におけるこれらの一見矛盾した傾向を私たちはどのように解釈すればよいのでしょう？

<strong>ＢＣ: </strong>私たちが見ているものはすべて強力なエネルギーに対する私たちの反応の結果ですが、そのエネルギーの源は主に宇宙にあり、人類に作用を及ぼしています。これらのエネルギーは様々な反応を呼び起こします; 人類は均一に反応しません。私たち各々が、個人的であれ、国家的であれ、自分自身の分離した利益、野心、欲望に条件づけられた反応をします。そこで現在表面化している過剰な国家主義的運動や民族主義的要求が起こってくるのです。

　マイトレーヤと彼を長とする霊的ハイアラキーの観点から見ると、これらの運動や要求は流入しているエネルギーに対する正当なしかし歪んだ反応です。このエネルギーは今世界に蔓延している自由への欲求を生じさせます。この欲求がソ連や中国やルーマニアのように抑圧的な政権を倒す行為として表現された時には喝采され、ユーゴスラビアのように同胞殺しや残虐行為や戦争として表現された時には当然ながら非難されます。同じエネルギーが異なった反応を生み出すのです。

<strong>ＭＬ: </strong>世界の一般的な政治的傾向はこれらの新しい影響を受けて前向きなものになっていると言えるでしょうか？私たちは正しい方向に向かっているのでしょうか？

<strong>ＢＣ: </strong>短期的にはノー、長期的にはイエスです。もし私たちに外部からの助けがなければ、人類は八方塞がりになるでしょう。なぜなら私たちが現在行っていることはほとんどすべてが政治的にも経済的にも社会的にも間違った方向に向かっているからです。私たちの行為は必然的にこの文明を崩壊へと導くでしょう。今の政治的、経済的、社会的機構のすべてはますます商業主義に基づいてきており、その手段は市場のフォースです。現在の世界における主要な‘神’は市場であり、すなわち競争であり、それは貪欲に基づくものです。この方法は人類とこの文明を自己破壊の瀬戸際まで追い詰めています。主マイトレーヤと彼の覚者方のグループのこの世における臨在がなければ、人類の未来は非常に寒々としたものとなったでしょう。私は非常に明るい未来を確信していますが、それは私たちが賢明だからではなく、覚者方が賢明だからです。

<strong>ＭＬ: </strong>つい最近まで、冷戦の終結などによって政治状況は非常に明るいもののように思われました。ところが何が起こったのでしょう？

<strong>ＢＣ: </strong>それは政治的圧力ではなく、経済的圧力です。今日の世界における主要な分割は経済の分野においてです。私たちは今三つの大きな全体主義の終わりを目撃しています。政治、経済、そして宗教的全体主義です。私たちは旧ソ連のゴルバチョフ大統領によるグラスノスチ、ペレストロイカ政策（これはマイトレーヤのインスピレーションと指導の下に行われたといえますが）によるソ連の開放とともに政治的全体主義の崩壊の始まりを目撃しました。これは世界に全く新しい状況をつくり出し、他のグループが自由へ向けて同様の行動を取るのを鼓舞しました。これは政治的全体主義の終わりの始まりです。

　経済的全体主義はまだ世界を牛耳っています。この全体主義の主な擁護者はＧ７と呼ばれる、アメリカを先頭とした先進工業国です。先進国は世界の食糧の４分の３と他の資源の83パーセントを強奪し、貪欲に浪費しており、世界人口のおよそ４分の３が住む第三世界では４分の１の食糧と17パーセントの資源でやっていかねばなりません。世界人口の４分の３がこの状況にいつまでも甘んじていることを期待することはできません。この経済的不均衡が世界を経済的破滅の淵に導いています。

<strong>ＭＬ:</strong> あなたは経済状況が鍵だと言われますが、それはどのように今の世界情勢と関係するのですか？例えば、ゴルバチョフ氏は国連主催による世界政府を要求しました。これが起こると思いますか？

<strong>ＢＣ: </strong>確かに国連の力は強まると私は思っていますが、国連の支配下での世界政府を予想してはいません。世界の諸国家はあまりにも分離的で個人主義的すぎ、世界政府として共に働くにはあまりに自分たち独自の特質に支配されすぎています。しかし国連はますます議論の場となっていくでしょう。これらの違いから生じる諸問題は、もはや武器によってではなく、議論を通して徹底的に検討されるようになります。また私は国連が世界各地における様々な紛争・・例えば旧ユーゴスラビアのような・・に介入する力を強めていくと思います。

<strong>ＭＬ: </strong>国連は、ソマリアに対して行ったように、流血を避けるために旧ユーゴスラビアのような国内の問題に対してもっと関わるようにすべきだと思いますか？

<strong>ＢＣ: </strong>非常にそう思います。国連には果たすべき明確な役割があります。私は国連とヨーロッパ諸国がクロアチアとボスニアで起こった身内の殺戮行為を傍観していたことに深い憤りを感じます。あの残虐行為は国連がもっと積極的な態度を取っていれば防ぐことができたものです。国連とヨーロッパ諸国は紛争の開始時からそこにいて、セルビア人に独立問題や少数民族問題などについて平和的な解決案を提案し、それを受け入れさせるべきだったのです。これらの問題は国連との関係の中で話し合われるべきです。それが国連の役割です。国連はそれを掌握して現実のものとしなければならないのに、大変な好機を逃しました。

<strong>ＭＬ: </strong>シェア・インターナショナル誌には、世界中で中央政府から地方政府への権力の移行が起こるだろうと述べられています。それは世界の様々な場所で起こりつつあると思いますか？またそうであれば、それは問題の地球規模化とそれを解決するための地球的アプローチの必要性にどのように一致しますか？

<strong>ＢＣ: </strong>それが起こりつつあるとは言いませんが、それは私たちが進むべき理想だとは言えるでしょう。政府の役割は国民が充分な食べ物、適切な住居、健康管理、教育などと共に平和に生きていけるような環境をつくることです。一つのイデオロギーを国民に押しつけることが政府の役割ではありません。しかし今まではそうでした。そのイデオロギーが共産主義であれ、民主主義、資本主義、ファシズムであれ。そのような時代は過去のものとなりました。私たちは今政治的教化と全体主義の終わりを目撃しています。国民の自由や自己発展や、自己決定の必要は、地方政府への参加を通して地域のレベルで実現されるべきです。国民が彼らの生活の出来事について国家的規模で影響を与える唯一の方法は、地方政府に影響を与えることです。国民が実際に参加できるレベルの政府が必要なのです。

　いわゆる民主主義国家に住むほとんどの国民は地方と国の代表を選挙で選びます。しかし国民が本当に地域レベルで参加しているなら、彼らの必要は地域的に満たされえます。国家政府は地方行政に干渉すべきではありません。ここで答を提供してくれるのは少なくとも理論的には、地域の日常の出来事の管理には口を出したがらないという点で、より保守的な政府です。しかし実際には、政治的な理由によって、その反対の傾向が現れています。イギリスでは、現在の保守党政府は今世紀で最も中央集権的な政府です。地方政府はそのほとんどあらゆる行動を中央政府によって規制されています。地方政府はそれ自体ではまったく存在せず、参加もありません。参加なしには、自己決定もあり得ません。自分がどのように生きるかを決定する、真の自由としての自己決定、自己表現は本当の意味で世界のどこにも存在しません。

<strong>ＭＬ: </strong>参加が未来の政治構造にとっての鍵となりますか？

<strong>ＢＣ: </strong>それは不可欠なものだと思います。それなしには自由は存在しません。自由は参加に依存しています。国を運営していくのに専門家だけが必要なのではありません。地域の出来事を運営するのに専門家は必要ありません。国民自身が住居、健康管理、教育などのためにどういう政府が必要かを知っています。国家政府の役割は、他の国家との関係の中で国体としてのまとまりを保ち、防衛、輸送、国家全体の福利の管理、そしてそのようにして地方政府が地域の人々の潜在力を発揮させる仕事を行うことのできる環境をつくり出すことです。

<strong>ＭＬ: </strong>人々の自己決定、参加、そして政治的自由への増大する要求を満たすために、来たるべき時代に異なったタイプの政治構造が発達するでしょうか？

<strong>ＢＣ: </strong>私たちは強いられた‘共産主義’の終わりを目撃しています。私は真の共産主義が試されたことはかつてなかったと思います。ソ連に存在したのは国家資本主義の形態です。当然国民はそれに反対しました。なぜなら彼らは一握りの共産党のエリート達が主人となり、他の誰よりも贅沢な暮らしをしているのを知ったからです。民衆はそれを妬み、それが終わったのを大いに喜びました。彼らは多様性のない退屈で色彩のない生活環境に閉じ込められていました。生活には色彩と多様性が必要です。彼らはそれを持っていず、エリツィン氏の統治下でもそれを持つことはできないでしょう。彼は西洋で失敗した、市場のフォースに基づく政策を強いています。

　私たちは旧ソ連においても反映されるであろう大きな経済危機の真っ直中にあります。ロシアの人民はいまや市場経済に苦痛を感じています。至るところの人々と同じように、彼らは自分達の生命感を表現する自由を求めていますが、それを得ていません。共産主義と同じく資本主義を通じてもそれを得ることはできないでしょう。それは資本主義と共産主義の最良の部分を組み合わせることによってのみ可能です。つまり、全体としての共同体に属するものは共同体全体によって所有、管理され、個人に属するものはその人の能力を最大限に発展させるために個人の私的事業に委ねられる社会民主主義または民主的社会主義であり、二つのうちのどちらかではなく、これら二つの融合です。

<strong>ＭＬ: </strong>バツラフ・ハベル氏のように、政治家ではない人が権力を持つようになるでしょうか？彼は劇作家でしたがチェコスロバキアの大統領に就任しました。

<strong>ＢＣ: </strong>そのようになるでしょう。そもそも民衆の指導者は職業政治家ではない人々からみつかるのです。民衆は巨大な潜在能力を持っていますがその可能性を表現する機会を与えられてきませんでした。地域レベルにおいてあらゆる種類の人々・・芸術家、作家、主婦、教師、技術者、劇作家など・・が全体としての民衆のために語ることができるような充分に開かれた機構をつくり出すことができれば、人々の要求は表現を与えられるでしょう。議会政治においては、政治、経済に関する法律が定められ、人々の要求が国家的規模で表現を与えられるでしょう。地方と国家、二層の政府が必要です。両方とも不可欠です。一方が他方よりも重要であるということはありません。

<strong>ＭＬ: </strong>現在の出来事の嵐が止むのはいつでしょうか？

<strong>ＢＣ: </strong>私たちは危機点に近づいています。非常にもうすぐ危機はその頂点に達し、大団円を迎えるでしょう。その強烈な危機的状況の中から新しい社会が、全く新しい、より霊的なアイディアに基づいた人類の新しい生活が出現するでしょう。


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<ul>
<li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_35.html">　１　経済的不正義と社会的大変動−分かち合いが鍵か？</a></li>
<li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/_2.html">　２　環境−科学者が見過ごしているもの</a></li>
<li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_32.html">　３　これまでとは違う政治−強まる民衆の声</a></li>
<li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_33.html">　４　あなたは奇跡を信じますか</a></li>
<li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_34.html">　５　貧困、犯罪、そして自己尊敬−その重大な関係</a></li>
</ul>]]></description>
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         <category>シェア・オブ・ジ・エア</category>
         <pubDate>Fri, 05 May 2006 08:10:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>目で読む「シェア・オブ・ジ・エア」　４</title>
         <description><![CDATA[<h3>あなたは奇跡を信じますか</h3>

<strong>ＭＬ:</strong> 「あなたは奇跡を信じますか」という問いは、世界中で起こってきた多くの説明できない奇跡的な現象を認めたライフ誌の最近の特集記事のタイトルでした。タイム誌やワシントン・ポスト紙など他の新聞雑誌もこのような現象について報道しました。もちろん，『シェア・インターナショナル』誌も。このような説明できない出来事をいくつか挙げますと、キリストのビジョンや個人的な体験、聖母マリアのビジョン、涙や血を流す聖母マリア像、民家の窓に突然現れた光の十字架、メキシコその他で発見された治癒力をもつ水、人々の車に乗せてもらい、キリストはこの世にいると告げて消える謎のヒッチハイカー、ＵＦＯ目撃の増加、世界中の穀物畑に現れたサークルなどがあります。一般的に言って、人々はこのような報道を真剣に受けとめるべきでしょうか、それとも、これらのほとんどは、人々の想像力の産物として、悪戯として、もしくは科学的に説明できる出来事として無視されるべきでしょうか。

<strong>ＢＣ: </strong>確かに、イギリスではいくつかの穀物畑のサークルが悪戯であることは間違いないでしょう。しかし、あなたが述べた様々な現象の大多数は実際非常に真剣に受けとめられるべきです。これらの出来事は世界的な規模で起こっており、今日キリストの再臨と関係して人々が期待し探し求めている徴の一部です。

<strong>ＭＬ:</strong> これをキリストの再臨の徴であるとあなたは思うわけですね。

<strong>ＢＣ: </strong>はい、その通りです。これらは、私たちが一つの時代の終り、新しい時代の始まりに来たという徴であり、キリストがこの新しい時代を開始するために世界に戻られたという徴です。これらの徴は、人々の信仰と将来への希望を鼓舞し霊的基盤に基づいた生活に目覚めさせ、私たちが絶えず変化する世界におり、奇跡の日々は終わっていないということを彼らに認識させ続けるために与えられています。例えば、聖書の奇跡が、そしてそれ以前の時代の奇跡も、現在、毎日ほとんど１時間ごとに世界中で繰り返されています。これらの出来事は人類にとって、キリストが世界に公に再臨する時が近づいているという非常に明確な証拠になっています。

<strong>ＭＬ: </strong>これらの問題についてどうしてそのような確信をもって話すことができるのですか。

<strong>ＢＣ: </strong>私は1959年１月にキリストの弟子の一人から接触を受け、そのすぐ後、マイトレーヤご自身から彼のための道を整える仕事を与えられました。私は今では、20年近くこの仕事を行ってきています。私の役割は、キリストが私たちの自由意志を侵すことなく私たちの生活へと入ることができるように、キリストの帰還への希望と期待の風潮を作ることです。

<strong>ＭＬ: </strong>あなたはまずキリストの弟子の一人から接触を受け、次にマイトレーヤ自身からの接触を受けたのですね。

<strong>ＢＣ:</strong> ヒマラヤに住んでおられる智恵の覚者方の一人が最初は他の弟子を通して、そして次に直接私に接触してこられました。彼は、彼の師である覚者、すべての覚者方の中の覚者、西洋でキリストとして知られる方のために道を整えるために私が行ってきた仕事のために、私を訓練し準備されたのです。

<strong>ＭＬ: </strong>報道されてきた様々な現象のいくつかについて特にお聞きしたいのです。人々はキリストのビジョンを見たり、個人的な体験を得たりしてきたと報じられています。実際、スコット・スパノーというミネソタ州ミネアポリスのカウンセラーは、キリストと個人的に出会ったと語る大勢の人々にインタビューして、『キリストの帰還の証言』という本を書いています。これらの報道についてコメントをお願いします。

<strong>ＢＣ:</strong> もちろん、私はこれを受け入れています。これらの体験は彼の帰還にまつわる顕現例の一部です。マイトレーヤは３つの方法で人々に現れます。人々は、通常非常に霊的で意識を高揚させる体験を伴う鮮明で強力な夢を見たと語ります。その体験のなかで彼らはキリストを見たと感じます。それはマイトレーヤが彼自身を人類に知られるようにする最も普通のやり方です。

　もう一つのあまり普通でないやり方は人々にビジョンを与える方法です。これらは、がっちりとした肉体として現われるのではなく、目覚めた状態で体験するビジョンです。人々はキリストを光として、もしくは一種のはっきりした形として見、体験します。彼らの話は彼がどのように現れるかに関して様々です。それはマイトレーヤが人々と接触する第二の方法です。

　また、彼は世界中で個人に、もしくはグループに直接肉体で現われています。この方法でマイトレーヤを体験した多くの人々を私は知っています。

　『シェア・インターナショナル』誌は1988年６月11日にケニアのナイロビで突然６千人の人々の前に“忽然と”現れたキリスト、主マイトレーヤの何枚かの写真を発表しました。聴衆は即座に彼をキリストとして認知し、その名前で彼を呼びました。彼は彼らに対して、彼らの言葉であるスワヒリ語で10分か15分話をし、現れたときと同じように驚くまもなく消え去りました。そして、彼が立っていた場所の近くにいた約30人か40人はすべての病気が完全に癒されていました。写真では彼は青いヘッドバンドのついた真っ白なアラブ人らしい服装をし、片手に蠅払いを持っています。彼の横に立っているのは、この定期的な治療集会をいつも開いている女性、メアリー・アガサさんです。これらの写真はＣＮＮやＢＢＣで放映され、世界中の通信社に伝えられました。

<strong>ＭＬ: </strong>その後彼は姿を現しているのですか。

<strong>ＢＣ: </strong>私の知るところによると、彼はメキシコ、ロシアと旧ソ連、全ヨーロッパ、アメリカ、中東、北アフリカ、インド、パキスタンにおいて非常に大きなグループに肉体として出現しています。彼はこれらの場所で奇跡的な治癒の水を残していきました・・すでにある泉や井戸を変性するか、新しいものを創るかして。これまでのところ、これらのうち最もよく知られているのは、メキシコ市から車で約２時間ほど離れたトラコテのものです。そこの水は、エイズや癌を含めたあらゆる種類の病気を持つ何千という人々を癒しています。他にも、マイトレーヤが出現したドイツのデュッセルドルフとインドのニューデリー郊外でも発見されました。

<strong>ＭＬ: </strong>メディアはこれらの出現について報道しましたか。

<strong>ＢＣ:</strong> これらの集会のいくつかにはメディアが出席していました。しかし、出現はすべて伝統固執主義グループに起こりました。メキシコではカトリック派、ドイツではルーテル派かプロテスタント派、スイスではカルビン派、ロシアと東ヨーロッパではロシア正教かギリシャ正教のキリスト教団体に、そして、中東、北アフリカ、インド、パキスタンでは伝統固執主義のイスラム教、ヒンズー教、ユダヤ教のグループに。
　これらは彼が世界に公に宣言されるときに最も強く抵抗すると彼が予期するグループです。伝統固執主義のグループはキリスト、メシア、クリシュナ、イマム・マーディ、マイトレーヤ仏陀の出現に関して彼ら自身の信念に閉じ込められており、彼の存在によっても揺るがすことは困難だと思われる固定観念をもっています。これらの人々は、私の言葉で言えば、これらの出現によって“軟化させ”られる人々です。マイトレーヤは彼らに途方もない祝福を与えておられます・・彼らに奇跡的に姿を現し、彼らの言葉で語りかけ、そして消える。このことが彼らに長い間待ち望んだ教師の帰還という新しい体験を与えています。マイトレーヤは彼らの心を広くし、世界の終りにではなく、今、彼が戻ったという事実に心を開かせることを望んでおられるものと思います。

<strong>ＭＬ:</strong> ある時点で、誰かが名乗り出て、自分達はこれを体験したと言うでしょうか。それが起こることを彼は望んでいるでしょうか。

<strong>ＢＣ: </strong>それは彼が望んでいることの一部です。主要な目的は伝統固執主義者を“軟化させる”ことです。しかし、様々なグループへのこれらの訪問が続くにつれて−現在このような人々は非常に多く存在し、1988年のナイロビでの６千人は別にして１万人以上の人々がキリストを体験していますが−この尋常でない体験は彼らのものの見方を完全に変えざるをえず、彼らがそれについて語るとき、メディアは結局は注目せざるをえないでしょう。これらの出現のほとんどと関係して彼が創った治癒の水の発見はそこでの彼の臨在を強力に証し、メディアにこの問題を調査させるでしょう。
（私の最近の情報によると、これらの出現についての新聞報道がありました。キリスト教で２紙、イスラム教で５紙、ヒンズー教で３紙、シーク教で４紙。）

<strong>ＭＬ: </strong>聖母マリアのビジョンと涙を流すマリア像についてもまた報道されています。これらの報道は信じるべきでしょうか。

<strong>ＢＣ: </strong>これらのほとんどは、本当です。これらは世界中で膨大な数で起こっています。聖母マリアのビジョンは、２千年前イエスの母、マリアであった覚者によって想念形態として創られています。彼女はマイトレーヤの弟子であり、現在実際非常に進化した覚者です。この覚者が、いつも一人以上の人々によって見られる聖母マリアのビジョンを創ります。

　また、おそらく世界の出来事を恐れ、何らかの安心と安全を求める人々の強烈な志向と欲求によって作られるビジョンもあります。彼らは彼ら自身で、純粋にアストラル的で、覚者とはまったく関係のない聖母マリアのビジョンを作り出します。これらは、関係する個人、それらを作り出した本人にしか見えません。私はこれらを無視しますが、これらでさえ、キリストの帰還の想念形態が表現を与えられる過程の一部です。これほど多くのことがこのような方法で起こっているという事実は、キリストの臨在の時がいま熟しているという徴です。しかし、一人以上の人々によってみられるビジョン、涙を流すマリア像、動くマリア像、本物の血を流すマリア像などはイエスの母であった覚者によって創られたものです。

<strong>ＭＬ: </strong>そして、それらはキリストの帰還の徴なのですか。

<strong>ＢＣ:</strong> それらはキリストの帰還の徴であるだけではなく、イエス自身も含まれる、キリストを長とするグループの帰還の徴でもあります。イエス覚者、彼は覚者方のハイアラキーではそのように知られていますが、彼は1989年以来ローマ郊外に住んでいます。彼はキリストと共に世界にやってくる覚者方の最初のグループの一人です。

　キリストとイエスは同一人物ではありません。主マイトレーヤは彼自身の存在のなかに、私たちがキリスト原理、キリスト意識、キリスト教の三位一体の第二様相、愛のエネルギーと呼ぶものを体現しています。彼は彼の弟子であるイエスを、洗礼からはりつけまでの３年間オーバーシャドゥし、彼を通して働きました。この３年間、弟子イエスはイエス・キリスト、即ちメシアとなられました。その約６百年前、仏陀は彼の弟子であるゴータマ王子をオーバーシャドゥし、王子は29歳の時、ゴータマ仏陀となられました。これは周期的なイベントである世界大師の出現のために古くから用いられている方法です。私たちが現在目撃しているのは、周期的な法則による大師の帰還であり、今回は、以前のような弟子をオーバーシャドゥするという形ではなく、彼自身の完全な肉体として現れます。

<strong>ＭＬ: </strong>南カリフォルニアや世界中の至るところの人々が窓に現れた光の十字架のことを伝えています。これはどのように説明できますか。

<strong>ＢＣ: </strong>これは最初、1988年５月にロサンゼルスの一部であるカリフォルニア州エルモンテに現れました。この年の４月に、私の師は、非常にまもなくマイトレーヤは人々が無視することのできない多くの光の十字架を世界中に創るだろうと言われました。誰もそれがどこに現れるか、どのようにして起こるかは分からないでしょう。現在、エルモンテ地区に20か30のこのような十字架があります。これらはまた世界の様々な場所に現れています。私は最近、十字架がアパートの窓に奇跡的に現れたニュージャージー州の一人の女性から手紙をいただきました。

　十字架は突然現れます。以前は何もなかったところに。これらはマイトレーヤによって“活性化され”、周囲の人々に大きな影響を与えます。それらは、それらを見るためにやってくる大勢の人々を引きつけ、何人かの人々は尋常でない治癒と霊的な体験をしています。最初の十字架がエルモンテのスペイン系の家庭の風呂場の窓に現れてから、そこの社会全体が、個人的にも、社会としても変わりました。

　その地区の教会の牧師は、多くの人々が十字架を見に来たため、風呂場の窓を取り外して、教会に持っていったほうが良いと言いました。その家の善良な人々はそれに同意しました。ガラスが風呂場の窓から外され、教会の窓にはめ込まれました。十字架は即座に消えました。何をしても十字架は再び現れませんでした。しぶしぶ、牧師はガラスを貧しいスペイン系の人々の家に戻すことを許しました。十字架はすぐに元通りそのガラスに現れました。

<strong>ＭＬ: </strong>十字架が南カリフォルニアの低所得層の社会に現れたことは興味深いことです。それには何か意味があるのですか。

<strong>ＢＣ:</strong> キリストは「飢えと争いのはびこる暗きところに、わたしを探しなさい」「貧乏人の兄弟として、世に虐げられた者たちの兄弟として、わたしを知りなさい」（マイトレーヤからのメッセージ第 128信）と言われました。彼がやってきたのは、貧しい人々、略奪された人々のスポークスマンとしてです。公的にいうに完全な貧困状態で生きる約12億人の人々がいます。それは彼らが１年間に 100ドル以下の収入しかないことを意味します。これらの人々の半分は全く何も持っていません。彼らの大多数、何百万もの人々が文字通り飢え死にしています・・一人当たり膨大な過剰の食料を持つ世界で。マイトレーヤがいま世界に戻られたのは、“この冒徳”“この殺戮”“この罪”と呼ぶものをもはや傍観し、眺めていることができないためです。

<strong>ＭＬ: </strong>報道されてきたＵＦＯ目撃の増加と穀物畑のサークルの出現についてコメントをお願いします。

<strong>ＢＣ: </strong>若干の悪戯は別にして、穀物畑のサークルのパターンは確かに本物ですが、マイトレーヤとは直接関係はありません。これらは地球から最も近い惑星、火星と金星の私たちの兄弟たちによって創られています。穀物畑のサークルは世界中に現れています。イギリスに数百あり、カナダ、アメリカ、ヨーロッパ、日本、その他に現れています。穀物畑のサークルのパターンは、私たちがＵＦＯと呼ぶ宇宙船によって創られています。それらは地球の活性化の過程の一部であり、地球を取り巻く磁力的なエネルギーのネットワークの多くの渦を物質界に複写しています。これらの形成が、新しいエネルギー源に関係した人類にとっての　“エネルギーのバッテリー”、人類がまもなく知るようになる光の科学の一部となるでしょう。

<strong>ＭＬ: </strong>端的に言って、穀物畑のサークルの形成は肯定的な現象なのですね。

<strong>ＢＣ: </strong>全く肯定的なものです。それらは世界にとって非常にためになるものです。

<strong>ＭＬ: </strong>これらの現象はこれからどうなると思いますか。

<strong>ＢＣ:</strong> これらの現象は、キリストがこの世界にあり、彼が宗教・非宗教を問わずすべてのグループにとっての世界大師であるというキリスト自身による世界への公の大宣言で頂点を極めるでしょう。これは単に宗教的な顕現ではありません。それは霊的な顕現です。マイトレーヤは言葉の広い意味での教育者です。彼は、方向を転換し、私たちが平和のうちに共に生きることのできる世界を創造するために、人類を活気づけ鼓舞するためにやってこられました。それを行うことは簡単であると彼は言います。私たちは、私たち自身を一つの人類の兄弟姉妹として見、世界の資源を共に分かち合う必要があります。彼は、私たちが分かち合うか死滅するかのどちらかであると言われます。私たちは世界の資源をすべての人々に属するものとして見、必要に応じてそれらを分配しなければなりません。このようにして、私たちは初めて世界に正義を作り出すでしょう。なぜなら、分かち合いなくして正義はなく、正義なくして平和はないからです。今日、平和がなければ世界はなくなるでしょう。私たちは世界を破壊することになるでしょう。

　マイトレーヤは、人類がただ単に生き残るだけではなく、生き続けて、霊的な生活様式に基づいた輝かしい文明を創造するよう私たちを鼓舞し導くためにやってこられました。私たちは彼が言われるように、本来の私たちの姿である神々としての自分たちにふさわしい新しい文明を創造するでしょう。


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<li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_35.html">　１　経済的不正義と社会的大変動−分かち合いが鍵か？</a></li>
<li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/_2.html">　２　環境−科学者が見過ごしているもの</a></li>
<li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_32.html">　３　これまでとは違う政治−強まる民衆の声</a></li>
<li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_33.html">　４　あなたは奇跡を信じますか</a></li>
<li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_34.html">　５　貧困、犯罪、そして自己尊敬−その重大な関係</a></li>
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         <category>シェア・オブ・ジ・エア</category>
         <pubDate>Fri, 05 May 2006 08:17:47 +0900</pubDate>
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         <title>目で読む「シェア・オブ・ジ・エア」　５</title>
         <description><![CDATA[<h3>貧困、犯罪、そして自己尊敬−その重大な関係</h3>

<strong>ＭＬ: </strong>犯罪、とりわけ暴力犯罪は、今日先進諸国全体にわたって確実に増加しつつあり、中でも合衆国において最も暴力的です。この問題に対する伝統的な対処の仕方は、刑務所や警官を増やしたり、禁固の期間を長くしたりすることですが、それは効果があるようには見えません。何故犯罪は増加しているのでしょう、何故人々がそのような行為を犯すのかどのように理解し始めればよいのでしょう。

<strong>ＢＣ:</strong> この現象には理由が沢山あります。しかし、最も重要な理由は私達が今宇宙の新しい周期に入りつつあるというものです。新しいエネルギーがその存在を感じさせているのです。とりわけ、今この惑星に充満しつつあるエネルギーが全ての否定的なエネルギーを一掃しているのです。このエネルギーの影響の下でより多くの人々が反逆するようになるでしょう。それは古い習慣や思考方法、つまり過去数世紀にわたって人々の心に強いられた規律が壊されなければならないからです。人々はもう古い強制された解決を受け入れることはないでしょう。

　社会全体がこの古い時代の束縛から抜け出そうと試みているのです。犯罪、堕落、麻薬、そして暴力の爆発はこの変化の不可避の序章なのです。それは主に旧市街で起こり、そこではマイトレーヤが“犯罪の燃焼”と呼ぶ現象が起こり、人々は麻薬や、性的暴力、殺人そして他の犯罪にふけっています。この燃焼の過程は汚れを表面に浮かび上がらせ、警察も軍隊も今起きているこの犯罪の爆発を適切にコントロールすることは出来ないとマイトレーヤは言われています。

<strong>ＭＬ: </strong>この犯罪の循環を断ち切るために何から始めれば良いのでしょうか。

<strong>ＢＣ: </strong>我々はその原因を理解しなければならないと、マイトレーヤは言われます。その問題の領域を犯罪だけに限定することはできません。何故なら、そうする時の解決は単に結果のみに対処するだけの反応的なものになるだろうからと言われます。警察力を増大させたり、刑務所を増やしたり、より多くの人々を刑務所に入れたりすることは原因ではなく結果を扱っているのです。

　暴力の起源を理解するためには、人々の生活様式のより詳細な全体像を把握する必要があります。そうすることによってエネルギーの方向を直せるのです。この犯罪は、建設的に方向づけられる必要のある今増大しつつあるエネルギーが間違った方向に向けられた結果なのです。

　例えば、自暴自棄から麻薬にふけっている人々に対しては政治家が責任を負っているとマイトレーヤは言われます。人々が麻薬に走るのは霊的飢餓に苦しんでいるからだとも言われます。もし人々が適切な食事も摂れないほど難渋するならば、自暴自棄の生活を送るでしょう。自分の身体を売り、盗みを働き、終に刑務所行きとなるでしょう。もし滋養のある食物を取り上げられ、未来を奪われ、希望が見出せないならば、人々は絶望を忘れるために麻薬に手を出すでしょう。麻薬からは犯罪や殺人でさえもあまり遠くないのです。麻薬に手を出す人々は一般的に最も沢山犯罪を犯しますが、それは麻薬のためのお金を求めて自暴自棄に陥るからです。彼らは全ての抑制を失い、欲する物を手に入れるためにどんな無茶でもするのです。

<strong>ＭＬ:</strong> あなたは今新しいエネルギーが世界に流れ込んで来ていて、それは変化を生み出しているが、必ずしも良い方への変化だけではないと言っています。

<strong>ＢＣ: </strong>それが主要な理由なのです。これらの変化は長期的に見た場合には良い方へ向かっています。しかし短期的には何世紀にもわたって押さえ込まれ抑圧されて来た全ての腐敗と暴力を表面に浮かび上がらせます。一旦この平衡のエネルギーがそれらを活気づけると、抑制は攻撃となり、この分離分裂した社会の中では犯罪と暴力の増加へと導きます。犯罪は極端な裕福と極端な貧困が隣り合わせに存在する時に起こります。より公正な社会では犯罪は減少するでしょう。

<strong>ＭＬ: </strong>あなたは麻薬の常習と犯罪との関係について話しました。最近の研究でヘロイン中毒者は麻薬を使用しない犯罪者の15〜20倍強盗事件を起こすことが判ってきました。また、合衆国の刑務所にいる人々のおよそ70パーセントが麻薬を濫用していると報告されています。

<strong>ＢＣ: </strong>麻薬は行動様式の枠組をゆるめます。麻薬常習者は自暴自棄になり抑制の間隔を全て失います。彼らは‘一服’のためにお金が必要なのです。普通の犯罪者はたいがい玄人として仕事をします。刑務所に行かずにすむ限界を心得ているのです。しかし麻薬常習者はバランス感覚を欠いています。そのために逮捕を免れる専門知識も持たないので、必然的に刑務所行きとなるのです。

<strong>ＭＬ: </strong>麻薬に手を出す人々に言及した時“霊的飢餓”とマイトレーヤが言われたのはどういう意味か説明して頂けますか。そしてその飢餓は如何にすれば治るのでしょうか。

<strong>ＢＣ: </strong>霊的飢餓は自己疎外の非常に極端な形です。人々は自分が誰かを知りません。それゆえ人生が全く無目的になるのです。人々は人生を終わりにしたいと欲し、麻薬に手を出して緩慢な自殺を決行するのです。

　もしあなたが荒涼とした環境の街に住み仕事もなく、成功の見込みもない非常に不利な状態に置かれた人々に目的や希望のない将来を示すならば、彼らはどんな仕事も避けるようになり、その結果生きるために犯罪を犯すか諦めて麻薬に手を出すようになるでしょう。しかし麻薬を手に入れるためにはお金が必要です。悪循環となるのです。

　麻薬常習者は心の中で人生と絶縁しています。彼は降参してしまったのです。希望を取り戻す方法は人生に意味を取り戻すことです。自分自身に対する新しい見方、自分自身に価値があるという感覚を持たなければなりません。まず第一に彼が自己尊敬の念を高めるのを助けることです。自分に対する尊敬は徐々に自己認識となり、マイトレーヤによれば、やがて人生の目的である自己実現をもたらします。人々が自分自身に気付かなければ、自分を無用で、無価値で、無力で社会に居場所が無いと考えるならば、自殺を決行するというのは避けられない結果なのです、すぐに死ぬか麻薬の濫用によってゆっくり死ぬかは別にして。

　麻薬常習者を刑務所に入れたり、法規を強化したり、特定のイデオロギーや宗教を説教して矯正するというやり方でこの問題を解決することは出来ません。売春婦や強盗に説教をしても彼らはあなたの言葉を主義として拒絶してしまうだろうと、マイトレーヤは言われます。しかしもしあなたが、「売春であれ、盗みであれ、麻薬であれ今あなたが何をしていようとも、自分自身でありなさい、正直でありなさい、誠実でありなさい、無執着でありなさい」と言うならば、人は自分自身をあるがままに経験でき、マイトレーヤが“内なる観察者”と呼ぶものを感知することが出来るでしょう。内なる観察者は制限された有限の人格ではありません。それは無限です。人はそれを神性と呼びます。人は自分自身を無限の神性として経験する時、自己尊敬を成長させます。こうして人は犯罪と麻薬常習の悪循環から抜け出すことが出来るのです。

<strong>ＭＬ:</strong> 最近ニューヨークタイムズの記事でリッカーズアイランドに在るニューヨーク市立刑務所での麻薬からのリハビリテーション努力についての報告を読みました。この努力は麻薬の常習だけでなく、犯罪や暴力を抑制するのにも非常に効果があることが証明されています。これは広い範囲で効果的だとあなたが思われる方法の模範になるでしょうか。

<strong>ＢＣ: </strong>刑務所という環境の中では全くその通りです。マイトレーヤは、個人の内的世界、つまり、自己疎外感に対処する唯一の効果的な方法はその環境を通してであると言っています。刑務所にいるのなら刑務所の環境を扱うべきです。外の世間にいるのなら、住んでいる都市の環境が対象となります。

　マイトレーヤによれば、環境の力を通してこそ自己認識が創られます。例えば、人は教会の中に入ると静けさや平安を感じます。真我はこれを体験します。すると心はもはや混乱や騒動の中にはいなくなります。しかし旧市街にある廃れた住居の荒れた陰鬱な状況に住んでいると、人の心は絶望し、逃避するために麻薬に手を出すでしょう。環境にストレスや緊張がなければ麻薬は不用です。マイトレーヤは人の身体の中には人類に知られている最も強力な薬・・無執着・・があると言っています。無執着は穏やかで清潔で平和な環境の中でしか現れることは出来ません。

　ニューヨーク刑務所の試みでは、彼らは環境を変えました。例えば囚人達は寮に住んでいます。隔離された独房ではないのです。また動き回ることが出来ます。洋服も普通のものです。彼らは互いに話かけることができ、お互いの考えを交換することも出来ます。彼らは非常に広い意味でのある種のグループコミニュケーションを持っています。それはひとつのグループ療法で、そこでは自分たちの問題を個人として又グループとして話し合うことが出来ます。そしてこういう方法で自分たち自身を回復することが出来ます。日々自己尊重・自己尊敬を育てているので彼らは自己認識を培います。これは確かに前進の道です。

<strong>ＭＬ: </strong>あなたが話されていたような自己尊敬と自己認識を達成するためにマイトレーヤがある人達を指導しているということですが。

<strong>ＢＣ:</strong> はい。私が理解している限り、ロンドンで、マイトレーヤはインドから来た聖人つまりスワミ達の集団を教え、訓練しています。そして彼らは崩壊した家庭の若者や難民、麻薬とアルコール中毒と犯罪の環に掴まった人々のグループをつくっています。そういう人々は自分を尊敬することを教えられています。その過程の一時点で彼らは簡単な呼吸法を与えられています。その呼吸法を通してマイトレーヤは一瞬の間彼らに真我としての自分自身を体験させることが出来ます。この自分自身が真我、観察者であるという感覚が彼らを徐々に麻薬常習者の状態から自由にします。彼らは自己尊敬を獲得し、そして麻薬常習者と犯罪と疎外のはてしなくみえる悪循環から抜け出すために自分から努力するようになるのです。このプログラムは英国で徐々に実施されつつあります。

<strong>ＭＬ: </strong>あなたは貧困について話してきました。貧困が犯罪と麻薬濫用の循環に対してどんな役割を果たすか説明願えますか。

<strong>ＢＣ: </strong>貧困は犯罪の発生の増加において主要な因子の一つだと確信しています。この増加は先進諸国の最も豊かな国々で起こっています。これは偶然ではありません。富は自己満足をもたらす傾向がありますが、マイトレーヤはこれを全ての悪の根源と呼んでいます。分離が妬みを生じさせ、それゆえ犯罪を引き起こします。

　現代の富は主に発展諸国全体を支配している市場のフォースの作用を通してもたらされていました。それは我々全員が平等な地点から出発するという偽りの前提に基づいています。勿論、誰も同じ地点から出発してはいません。市場のフォースは多数の人がより貧しくなるという犠牲の上に少数の人が非常に裕福になるのを助けます。これは今世界中で起こっています。極貧状態で生き、飢えて絶望している人々の数は増加しています。それにもかかわらず先進世界中の全ての国で大富豪も増えています。市場のフォースは社会の一部分を他から切り離すので必然的に分離的です。こういう理由でマイトレーヤは市場のフォースを悪のフォースと呼ぶのです。
　これが犯罪の循環を創り出し、それゆえ刑務所が唯一の選択肢とならざるを得ないのです。そして、実際に現在暴力的で危険な犯罪者たちに対しての唯一の選択肢は刑務所しかありません。刑務所の囚人数は増加し続けていますが、囚人達が反抗しているのでもうこれ以上収容出来ないという限度まで達しています。また彼らがしているのは新しい平衡のエネルギーへの反応でもあります。彼らは自分達をおとなしくさせるためのおびただしい法律や規則の押しつけに我慢をしなくなるでしょう。

　逆説的ですが、市場のフォースの自由な振る舞いに基づいた社会を創ることは、“営業効率”を確保する為に経済全体にわたって非常に厳しい統制がなければなりません。これを商業主義の‘毒’とマイトレーヤは呼んでいます。それは社会の自然な要求に制約を押しつけます。社会の要求を政治家が満たさない時、人々は反抗します。人々の声が聞きとどけられない時、大変革は避けられません。この大変革の一部が犯罪の発生の増加なのです。

<strong>ＭＬ: </strong>1992年のロスアンジェルス暴動のような抗議の罪は正当化される事がありますか。

<strong>ＢＣ: </strong>あれは理解出来ます。また不可避のことでもあります。大きなスケールで不公正があれば直ちに暴力が燃え上がります。それはいつでも起こってきましたし、人々が抑制を失い、麻薬の濫用が増え、麻薬の影響下にある人々が抗議に参加するにつれて、より激しく暴力的に発生するでしょう。しかし暴力的な抗議は麻薬常習の結果ではありません。それはあまりにも巨大な富とあまりにも著しい貧困が隣り合わせに存在するという, この社会のアンバランスの結果なのです。この問題に対する唯一の答は分かち合いの原則を実行することです。このゆえにマイトレーヤは分かち合いの原則を社会の変化について話されるあらゆることの道標として掲げられたのです。

　市場のフォースに基づいた商業主義は今や世界の全ての国を支配しています。西洋諸国はこの制度を旧ソ連邦に薦めてさえいます。しかし旧ソ連邦でもこの制度は世界の他の国同様うまくいかないでしょう。市場のフォースに分はあります。しかし盲目的に従うならば、市場のフォースは現在の社会とその経済制度を崩壊の淵に引っ張っていくでしょう。

　マイトレーヤは日本から始まる世界の株式市場の崩壊を予告しました。それは必ず破裂するバブルで、この堕落した経済制度の終焉をもたらします。新しい政治は資本主義や共産主義のような極端なものは含まないとマイトレーヤは言っています。人々はもう自分たちの生活や社会的志向に対する解答として‘特定の主義主張’を認めないでしょう。生活の再生は全ての分野での自由の制度化を通してもたらされるでしょう。

　私たちは幾世代も続いてきた三つの全体主義の終焉を目撃しています。政治的全体主義は、主に旧ソ連邦と中国で実証されましたが、いわゆる共産主義体制と呼ばれています。経済的全体主義は、今日西側諸国、アメリカとそのヨーロッパ同盟諸国と日本で実証されており、これは、旧ソ連邦と中国の政治的全体主義と同様なきびしい統制を人々の生活に強いています。そして最後に打ち壊されるのが宗教的全体主義です。これはヴァチカン、イスラム教の原理主義的司令官達、キリスト教の伝統信奉主義者達に最もよくあらわれており、さらにはこれまで寛容で、心の開いていると言われていたヒンズー教や仏教においてさえも見られます。宗教界全体が人々の生活をさらに強く支配する方向に今動いています。宗教的全体主義はいまや力の絶頂に達しつつありますが、やがて政治的全体主義と経済的全体主義の例に習い過去のものとなるでしょう。全ての人の内なる神性の認知に基づく真に自由な社会の創造を通して、やがて政治の、経済の、そして宗教の三つの前線全てに新しい自由が、その姿を現すでしょう。

<strong>ＭＬ: </strong>私たちはこれまで犯罪と麻薬常習について経済的、社会的観点から話してきました。しかし人々が麻薬に手を出し犯罪を犯すには個人的、霊的な理由もあります。容易な解決はないように聞こえます。おそらく経済の再編と該当者への個人的霊的カウンセリングの組合せが役に立つでしょう。

<strong>ＢＣ: </strong>それは答えの一部です。新しい平衡のエネルギーが世界に放出されており、このエネルギーが負のフォースを中和することを忘れてはなりません。世界の一般的な緊張が減少し始めるとき、分かち合いの原則が多様な社会的、政治的再編を通して実行され始める時、人々の危機感は減り、犯罪も減少するでしょう。


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<ul>
<li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_35.html">　１　経済的不正義と社会的大変動−分かち合いが鍵か？</a></li>
<li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/_2.html">　２　環境−科学者が見過ごしているもの</a></li>
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         <category>シェア・オブ・ジ・エア</category>
         <pubDate>Fri, 05 May 2006 08:27:12 +0900</pubDate>
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         <title>目で読む「シェア・オブ・ジ・エア」　１</title>
         <description><![CDATA[<h3>経済的不正義と社会的大変動−分かち合いが鍵か？</h3>

<strong>モンテ・リーチ（ＭＬ）: </strong>月刊誌『シェア・インターナショナル』が指摘するように、世界で10億の人々が絶対的貧困の中で生活しております。先進世界においても景気は後退しています。あなたから見て、これらのどこが問題なのでしょう。私たちは何が間違っているのでしょう？

<strong>ベンジャミン・クレーム（ＢＣ）: </strong>主な問題は、私たちの文明が終わりに来ているという事実にあります。私たちは過去2000年に及ぶ文明の崩壊と新しい文明の創造の始まりを目撃しています。これがマイトレーヤがこの世におられる理由なのです。私たちを鼓舞し、導き、教育することによって、政治的、経済的、そして社会的に正しい機構を創り上げ、私たちが正しい土台に基づいて進化していけるようにするために彼はここにおられるのです。

　現在私たちが見ているのは世界のとてつもない分裂状態であり、先進国と開発途上国という二つの主要なグループへの分離であります。先進国は世界の食糧の４分の３と資源の８３％を消費し、浪費しています。第三世界と呼ばれる国々は残りの資源でやっていかなければなりません。そして世界は莫大な余剰食糧を抱えているにも関わらず、たった今、この瞬間にも、3800万の人々が餓死しているのです。世界には一人当たり１０％の余剰食糧があり、誰一人飢える必要はないのにです。

　必要とされるのはお互いに対する私たちの関係を改めることです。これらの問題に取り組むために私たちが取るべき第一歩は、私たちが一つであることを認めることだと、マイトレーヤは言っておられます。私たちは、人類という一つの中の兄弟姉妹であり、国家の違いを超えた一つの人種、一つのグループであるという地球的感覚を身につけ、食糧、資源、エネルギー、科学技術、教育施設がすべての人々に属するものだと認めなければなりません。これらの資源は、私たちが進化のプロセスの根底にある大計画に従って正しく進化していくためにすべての人々に与えられているものです。ですから私たちはこれらの資源をより平等に分かち合わねばなりません。分かち合うとき、私たちは世界に正義を築くだろう、とマイトレーヤは言われます。正義が世界に確立されるとき、そしてその時にのみ、私たちは世界に平和を築くことができるでしょう。ですから彼は私たちに平和への道を示すために来られたのです。もちろん、もし私たちが平和に至るプロセスを受け入れなければ、世界は破滅するでしょう。なぜなら、今や私たちはこの惑星の全生命を何度も破壊するだけの核兵器を持っているからです
　
<strong>ＭＬ: </strong>世界の安全に対する主要な脅威は核兵器それ自体ではなく、政治状況の潜在的な緊張状態にあると言っておられるのですね。

<strong>ＢＣ: </strong>マイトレーヤによれば、彼が戦争のエンジンと呼ぶもののスイッチは切られました。冷戦は終結しました。今の合衆国とロシアが核戦争を始めるとは誰も信じません。しかし、空中に戦闘機を送り、戦場に戦車を送っていたエネルギーがただ消え去るということはありません。その破壊的勢いは、新しい住処を求めて世界中を巡り、今や“新しい子宮”を見つけた、とマイトレーヤは言われました。その“新しい子宮”とは市場のフォース（力）に基づいた商業主義であり、それは人間の貪欲に基づくものである、とマイトレーヤは言われます。マイトレーヤは市場のフォースのことを“悪の勢力”と呼んでおられます。なぜならそれは、その機構そのものの中に不公平をかかえており、何百万もの人々の生活を犠牲にして、ごく少数の人々に豊かな生活をもたらすからです。現在商業主義は世界のあらゆる国々を牛耳っており、市場のフォースの概念はかつての共産圏をも支配し始めています。世界の緊張の高まりは非常に激しくなっており、（この緊張が）第三次世界大戦につながりかねない状況です。それが起これば私たちはすべての生命を破壊することになるでしょう。
　
<strong>ＭＬ: </strong>多くの人々は市場のフォースを“人類の救世主”であると見なしています。先進国と同様、開発途上国でも多くの国々がその方向に向かっており、これこそが出口だ、共産主義は失敗した、他にどんな選択があるのか、と言っていますが。

<strong>ＢＣ: </strong>共産主義は失敗したのではありません。共産主義は試みられたことなどありません。いわゆる共産圏の中には共産主義など全く存在していませんでした。そこにあったのは国家的資本主義とでも言うべきものです。現在起きているのは共産圏における全体主義的な政治システムの崩壊であり、共産主義の崩壊ではありません。そして資本主義へのゆっくりとした変容が起きています。マイトレーヤは、資本主義でも共産主義でもない新しい経済状況の象徴が共産主義東ドイツと資本主義西ドイツの統合であると言われます。これらの二つの国家が再び一つの国家に統合されたことは、従来の資本主義とも共産主義とも違う社会民主主義、或いは民主的社会主義が誕生する可能性を示しています。そして次第にこれがヨーロッパで標準となり、世界中に広がるだろう、とマイトレーヤは言っておられます。
　
<strong>ＭＬ: </strong> そのことがあなたの言われる分かち合いとどう関係するのですか？　

<strong>ＢＣ: </strong>私たちが資源獲得競争をする代わりに資源を分かち合うのでなければ、そのような状況を作ることはできません。世界には充分な食糧があり、すべての人々の必要を満たすのに充分な資源がありますが、アメリカやヨーロッパや日本のような大国が状況を完全に支配し、世界資源の大半を濫用しているのです。他の国々には彼らが払うことのできるお金で手に入れられるものは少ししか残されていないのです。第三世界は生存ぎりぎりの生活を強いられています。だから3800万もの人々が餓死しているのです。もしカリフォルニアやフロリダやイギリスやフランスで旱魃が起こっても、どこか他の場所から買うことができます。何百万もの人々が死ぬわけは旱魃が原因なのではありません。旱魃で失ったものの代わりのものを買うお金がないからです。もし私たちが、競争や貪欲や自己奉仕（これが市場のフォースの意味するものです）に基づくのではない経済システムを持つことができれば、状況を完全に改善することができるでしょう。

　盲目的に市場のフォースを追いかける政府はその国家を破滅に導いている、とマイトレーヤは言われます。この文明は文字通り限界に来ているとも彼は言われます。それは終わりつつあるのです。今日我々が見ているものは単なる不況や生産の減速などではありません。過去の文明の死に際を目撃しているのです。なぜならそれは間違った前提に基づいているからです。

　市場のフォースはすべての人々が同じところから始めることを前提としています。しかし誰も同じところから始める訳ではありません。どの二国をとっても同じところから始める訳ではありません。どの国のどの二人をとっても同じところから始めるのではありません。だから生活水準にとてつもない隔たりがあるのです。このようなひどい状況で世の中がいつまでもやっていけると考える人がどれだけいるでしょうか。このような状態に第三世界の人々がいつまでも黙って耐えていられると考える人々がいるでしょうか。解決法は分かち合いです。資源を分かち合うことです。

<strong>ＭＬ: </strong>それでは現在のシステムは根本から崩壊する、とあなたは言われるわけですね。

<strong>ＢＣ: </strong>私たちはその崩壊を目撃しているとマイトレーヤは言われます。それは不可避であり、日本から世界的株式市場の崩壊が起こるだろうと言われます。マイトレーヤがそう言われたのは1985年ですが、それから日本の株式市場の価格は６０％下落しました。それはバブル（泡）に過ぎず、必ず破裂するだろう、とマイトレーヤは言われました。どのように破裂するかは私たち自身にかかっていますが、とにかく破裂して、彼が言われるように、人類の真の内的、霊的本性の顕現を妨げているすべての汚れや腐敗、不平等を一掃しなければなりません。私たちは世界の膨大な資源を浪費しており、貧困と堕落と飢餓と栄養失調その他の悲惨さを彼らに押しつけているのです。

<strong>ＭＬ: </strong>それでは、あなたの言われるような変化が起こるためには、文字通り崩壊が必要であり、それ以外の方法では充分ではない、ということですね‥‥そうすれば私たち（人類）は道を間違えていることに気づくようになるということなのでしょうか。

<strong>ＢＣ: </strong>多くの人が道を間違えたことを認めています。私だけがこれを指摘しているのではありません。しかし政府や、政府を権力の座に置いている人々、つまり世界のあらゆる分野の巨大な利権、単なる貪欲、人類の自己防衛的なメカニズムがこれらの変化が起こるのを妨げているのです。マイトレーヤは、もしこれが起こらなければ、私たちは自分自身を破滅させるだろうと言われます。過去に知っているような経済システムが崩壊して初めて、私たちは現実に目覚めるだろうとも言われます。つまり世界の３分の１の人々が世界資源の４分の３と、食糧以外の資源の８３％を使用しているような世界がいつまでも続くわけがないということを認識するようになるだろうということです。先進国における犯罪や麻薬や社会不安は、世界資源の不均衡の直接的結果です。それは天候にさえも影響を及ぼします。このような状況をつくった人類の不調和な想念パターンによる不均衡の直接的結果が、長い間確立されていた世界の天候のパターンを完全に狂わせてしまったのです。

<strong>ＭＬ: </strong>その崩壊はいつ起こるのですか？

<strong>ＢＣ: </strong>非常にまもなくであるとマイトレーヤは言われます。日本で起こっていることを見れば明らかです。２年半前に株価が３万８千円から３万９千円だったのが今では１万６千円前後になっています。今後少しは上昇するかもしれませんが、さらに大きく下がり、また少し上がって再び下がり、結局どんどん下がり続けるでしょう。終いには日本の政府でさえ操作することができなくなり、彼らは高いビルの窓から飛び降り始める事になるでしょう、かつてアメリカでそのようなことが起こったように。

<strong>ＭＬ: </strong>それから何が起こるのですか？

<strong>ＢＣ: </strong>それが起こったとき、全ての政府の優先順位は変化するだろうと、マイトレーヤは言われます、全ての政府にとっての第一の優先事項は、全ての人々に充分な食糧を適切に供給することです。それが第一の必要であります。二番目は、全ての人々に適切な住宅と宿を供給することです。三番目は全ての人々に適切な健康管理、四番目は教育を提供することです。これらは大したことではないように思えます。充分な食糧、住宅、健康管理と教育・・・しかし、世界にこれらの条件をみたす国は一つもありません。最強の軍事力を持ち、世界で最も豊かだと言われていたアメリカでさえも、そして世界中のどこにも、これらの四つの必要が普遍的権利として満たされているところはありません。世界中の政府がこれを行うとき世界は変容するだろうと、マイトレーヤは言われます。これこそが世界を変容させるのです。

　人類が通過しているのは巨大な霊的危機であります。それはアイデンティティーの危機であり、霊的存在としての私たちの本当の姿を見出すためなのです。魂として私たちは一つです。分離した魂というようなものはありません。肉体のレベルでは私たちは分離しているという錯覚を持ちます。しかし実際は、私たちは一つなのです。そしてそれ故に、私たちが正しい人間関係を築いて初めて進化の道における最初の一歩を踏み出すことができるのです。それが人類が達成せねばならない次の霊的理想です。

　その第一歩が世界資源の分かち合いです。もしそれをしなければ、私たちは自分自身を滅ぼすでしょう。それは自明の理です。私たちは自由意志を持ちます。マイトレーヤは私たちに干渉して、私たちが自分たちを破壊しないようになさる訳ではありません。彼は私たちに二つの選択肢を提示されます。一つは、過去の古い貪欲と利己的競争に基づいたやり方を続けて自滅する道。もう一つは、私たちが一つであること、分かち合いの原則を受け入れてそれを実践し、正義をそしてそれ故に平和を世界に確立し、マイトレーヤのインスピレーションのもとに私たちがいまだかつて経験したことのないような非常に輝かしい素晴らしい文明の建設を始める道です。

<strong>ＭＬ: </strong>それは正確にどのようにしてなされるのですか？　国ごとにそれは起こるのですか？　例えばこの合衆国において「私たちは優先順位を変える必要がある」と私たちが言うようになるのでしょうか。また国連やその他の国際機関などを通して国際的に起きるのですか？

<strong>ＢＣ: </strong>両方が組み合わされたものになるでしょう。国際連合が世界の主要な議論の場になるでしょう。世界の諸問題はそこで話し合われ、決議がされ、新しい制度が実行に移されるでしょう。世界資源の分かち合いのプロセスを監視するための全く新しい特別な機関が国連に設置されるでしょう。ここで強調したいのは、人類が自由意志を持つということです。何事も人類に強制されることはありませんが、人類が自らの自由意志で分かち合いの原則を受け入れたとき、私たちはマイトレーヤと覚者たちのグループ・・・覚者たちも同様に世界に戻って来ておられ、すでに14人の方が世界におられます・・・に尋ねるでしょう、私たちはどのようにすればよいのですか、どうやって分かち合いを始めればよいのですか、と。すでに計画は存在しているのです。長年覚者たちと共に働いてきた高度なイニシエートの一団が、現在経済問題の核心である再分配の問題を解決するための相互に関連性のある一連の計画を既に作り上げておられます。しかし再分配は意識の変革の結果として生じるものです。人類は意識の大変革を経験する地点に近づきつつあり、お互い同士の関係、宇宙や自然との関係、そして私たちが普通‘神’と呼んでいるものとの関係を全く新しいやり方で認識し始めています。宇宙のあらゆるものは互いに関連し合っている、とマイトレーヤは言われます。繋がっていない部分はありません。だから私たちが自分自身に対してすることは自然に対してもすることであり、自然に対してすることは、神の反映としての私たち自身にしていることなのです。私たちは私たちが神と呼ぶ全的意識の一部分、反映なのです。そして宇宙全体を通してこのプロセスが進行します。私たちすべての思考、すべての行為が原因を作動させ、これらの原因から生まれる結果が私たちの生活を形成するのです。もし地下核実験を行えば、その結果として必ず地震が起こります。あらゆる物事には原因があります。あらゆる結果は原因から生じます。私たちは何千年もかかって未だにこのことを理解できていませんが、マイトレーヤはすべての生命は原因と結果の法則に従って存在していると強調されます。ひたすら間違った状況を生み出しておいて、その結果が起こらないことを期待することはできません。国家の中に不均衡な状況をつくれば必ず犯罪が起きます。警察力や軍隊を強化するだけではなく、犯罪の原因を取り除かねばなりません。その犯罪の原因とは不平等、不均衡であります。今や進化のあらゆるプロセスは一体性、融合、統合に向かって進んでいます。それ故、分離分割と競争に基づいた市場のフォースのようなものは進化のプロセスに反します。マイトレーヤがそれを悪の勢力と呼ぶのはそのためです。それの存在余地はありますが、非常に限定されたものです。それを盲目的に追いかければ、必然的に破滅へと導かれます。

<strong>ＭＬ: </strong>この教師マイトレーヤは公に人類への助言を行うでしょうか？　現在彼がこの世に存在していることや、あなたの言われることについて知っている人はほとんどおりません。

<strong>ＢＣ: </strong>彼は公にアドバイスなさるでしょう。彼は宗教集団であれ、非宗教集団であれ、すべてのグループの世界教師としてやって来られます。宗教集団は彼を未来の教師と見るでしょう。キリスト教徒はキリスト、仏教徒はマイトレーヤ仏陀、ユダヤ教徒はメシア、イスラム教徒は・・・といった具合に。しかし実際は彼は人類全体にとっての教師であり、霊的存在としての私たち本来の姿に至る道を示し、その霊性が表現され得るような環境を創る方法を教えに来られたのです。市場のフォースに基づいたこのような分離や分割、競争が支配している状況では霊性は表現され得ません。

<strong>ＭＬ: </strong>もし私が一人の農民だとして、食糧の生産に当たっており、多大の労力を注いでいるとしたら、その労力の恩恵を頂くべきではないですか。分かち合いは素晴らしいアイディアですが、実際に実行するとなると・・・時が来れば私たちは本当にそれを実行できるのでしょうか？

<strong>ＢＣ: </strong>マイトレーヤによれば、私たちは実行するでしょう。彼はすでに人類には分かち合う用意ができており、分かち合いの原理を受け入れることを知っている、と言われます。だからこそ彼はこの世におられるのです。

　当然この国の農民は自分のつくったものを収穫すべきです。しかし、ザイールやザンビアやその他の国の貧しい農民もまた彼の労働の報酬を得るべきです。ところが現在そうではありません。先進国では非常に多く生産し、世界市場を支配しています。そして自分たちの商品の価格を下げ、同時に第三世界の商品の価格をも下げています。私たちは第三世界の国々から原料や製品を非常な低価格で手に入れるので、それらの国々ではきわめて低い生活水準しか達成できず、１０億もの人々が極貧状態にあり、現実に3800万の人々が餓死しているのです。それなのに私たちは自分たちの非常に人工的な生活水準を維持するために自分たちの資源や製品には世界市場で可能な限りの高価格を要求しているのです。アメリカやヨーロッパや日本の人々は第三世界の背中の上に乗って暮らしているのです。それが現実（リアリティ）です。そして私たちがそれを観るのを妨げているのは私たちの自己満足です。マイトレーヤは自己満足がすべての悪の根源であると言っておられます。

<strong>ＭＬ: </strong>しかし合衆国に住む多くの人々は言うでしょう。「私たちは自己満足なんかしていない。アフリカで危機があれば食糧をやり、援助物資を持ってそこに駆けつけているではないですか」と。

<strong>ＢＣ: </strong>もちろんです。それらは個人的な反応です。どの国においても人類の必要に対してハートから応える人々はいるものです。しかしそれは断続的な行動でしかありません。全体としての人類は、その政府機関を通して、これらの問題に地球規模で取り組む姿勢を見せてはいません。私たちはおそらく、それが自分たち自身の国家の生活水準を引き下げることを意味するなら、飢餓の撲滅を最優先事項とするような政府を権力の座に置こうとはしないでしょう。そのような主張をして選挙に勝てる人は誰もいないでしょう。或いは政治家はそう思っているのです。しかし政府がそれを最優先事項としない限り決して選挙に勝てない時が近づいています。

　私たちがこれから目撃しようとしているのは、分かち合いを神聖な権利と見なすよう方向づけられ刺激を与えられた、マイトレーヤによる世界的世論の形成です。分かち合うとき、あなたは兄弟の裡に神を認める、とマイトレーヤは言われます。人類の問題は現実（リアル）であるが、解決可能である、と彼は言われます。解決は私たちの手の内にあります。マイトレーヤは言われます、「兄弟の必要をあなたの行動の指針となし、世界の問題の解決に当たりなさい。それ以外に道はない」と。そして彼は世界の世論に刺激を与え、強化なさるでしょう。そのように世論が形成されたとき、いかなる政府もそれに対抗することはできないのです。全世界の政府についに分かち合いの原則を受け入れることを強いるのは世界の世論です。なぜなら他に選択の余地はないからです。私たちは　分かち合うか、死ぬかのどちらかです。それほど単純なことなのです。

<strong>ＭＬ: </strong>従って意志決定をなす力は本質的に民衆からのものであって、マイトレーヤのような教師からではないと・・・

<strong>ＢＣ: </strong>まさにその通り、マイトレーヤは権力を持ってやって来るのではありません。彼の力（パワー）は人々を鼓舞し、導くものであって、独裁的な権力ではありません。彼は言われます、「今後至るところの政府は、人民による人民のためのものとなるだろう」と。私たちは今それを目撃しています。旧ソビエト連邦で起きたことを見てご覧なさい。今のところそれは混乱状態にありますが、ベルリンの壁を壊したのは誰でしょう？　ソ連を開放してグラスノスチを行ったのは誰でしょう？ゴルバチョフ氏は冷戦の終結に主な役割を果たし、ソ連においてグラスノスチを行いました。世界の全ての指導者の中で、主マイトレーヤによるメンタル的（知的）な印象づけに最も良く反応したのは彼でした。

　私たちは、人類に刺激が与えられて、世界の人民が自分たちの生活に対する責任を持ち始めているのを目撃しています。過去数年の間に世界中でこのようなことが起きています。世界の独裁政治は終わりつつあります。ソ連が崩壊したのはこのためです。共産主義が崩壊したからではありません。政治的全体主義が崩壊したからです。また今私たちが目撃しているのは経済的全体主義の崩壊です。市場のフォースに基づいた経済システムは今や終わりに近づきつつあります。これから崩壊する第三番目の全体主義は宗教的全体主義です。宗教的全体主義の力は頂点にさしかかりつつあります。全ての宗教において伝統信奉主義者のグループが勢力を強めています。仏教やヒンズー教のような寛容な宗教でさえそうです。イスラム教やキリスト教ではそれが今日非常に強力に表現されています。それが最後に崩壊する全体主義です。しかし最後にはやがて教会や寺院におけるそのような全体主義も消え去るでしょう。そのときになって初めて人類は本当の自由を知るでしょう。政治的自由、経済的自由と正義、そして思想と信条の自由です。


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<ul>
<li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_35.html">　１　経済的不正義と社会的大変動−分かち合いが鍵か？</a></li>
<li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/_2.html">　２　環境−科学者が見過ごしているもの</a></li>
<li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_32.html">　３　これまでとは違う政治−強まる民衆の声</a></li>
<li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_33.html">　４　あなたは奇跡を信じますか</a></li>
<li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_34.html">　５　貧困、犯罪、そして自己尊敬−その重大な関係</a></li>
</ul>
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         <category>シェア・オブ・ジ・エア</category>
         <pubDate>Fri, 05 May 2006 08:31:17 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「協力の魔術」</title>
         <description><![CDATA[　<strong>闘争や昔のあるいは近年の鬱積した憤りは終わりなき暴力と緊張の繰り返しにわれわれを結びつけるに役立つだけである、ということを世界中が徐々に認識してきている。旧い敵同士は、和解と許し、妥協と協力の方向にますます向きを変えつつある。ベンジャミン・クレームの師である覚者は「和合と協力がすべての人にとっての未来への跳躍台であり、達成への保障である。人類のうちに偉大なる力の貯水池が未開栓のまま横たわっており、協力の魔術によって解き放たれるのを待つ」と書いておられる。今回われわれは、マイトレーヤ（『いのちの水を運ぶ者』）、ベンジャミン・クレームの師（『覚者は語る』）、およびベンジャミン・クレームの著作（『協力の術』『大いなる接近』および本誌バックナンバー）から引用した“協力”というテーマに関する選集を発表する。</strong>


　人の道とは、同胞愛であり、密接な協力と相互の信頼であり奉仕である、ということを示そう。これが唯一の道である。他はすべて失敗に終わった。我が友よ、もしこれをなさなければ、人間はこの地上に存続し得ないのである。脅しているのではない。真実を述べているに過ぎないのである。時間は残り少ない−−自然とこの世界との間に均衡を取り戻す時間は。
（『いのちの水を運ぶ者』No.12）


　少しずつ新しい意識が人類を彼らの内的要求に目覚めさせている。古い競争心はなかなか死なないが、それにもかかわらず、新しい協力の精神もまた見え始めている。これは未来への吉兆である。なぜなら協力によってのみ、人類は生き延びられるだろうし、協力によってのみ、新しい文明が築かれるだろう。人類は彼らの神性の内的真理を知り、それを具現することができる。協力は正しい関係の自然の結果である。正しい関係はまた賢い協力に伴う。協力はグループの努力のすべての成功への鍵を握り、聖なる善意の顕われである。協力なしには、長続きするものは何も達成されない。というのは、協力は多種多様の見解の統合をもたらすからである。協力は和合のもう一つの言葉である。和合と協力がすべての人間にとっての未来への跳躍台であり、達成への保証である。人類の裡に偉大なる力の貯蔵池が未開拓のまま横たわっており、協力の魔術によって解き放たれるのを待つ。競争は自然の秩序に無理を強いる。協力は人間の内なる善意を解き放つ。競争は自己のためのみに関わり、他方、協力はすべての者の最高の善のために働く。競争はすべての罪の起源なる分裂に導く。協力は唯一の聖なるいのちの多色の糸を混ぜ合わせ融合することを求める。競争は人間を絶壁に導いた。協力のみが道を見いだすのを助ける。古い時代の後ろ向きの者は競争を好み、新しき時代の者は聖なる協力を喜んで抱擁する。世界の人間は二つの種類に分けられる−−競争する者と協力する者とである。心（ハート）から競争のしみを洗い浄めなさい。心（ハート）を楽しい協力に開きなさい。
（『覚者は語る』協力 p.111-112）


　魂は競争が何かを知りません。それはただ善意しか知らず、協力は善意を通してやって来ます。
（『協力の術』p.87、p.92）


　私たちが分かち合いの原則を受け入れるや否や、そしてそれによって世界に正義がもたらされるや否や、競争はなくなるだろうと私は思います。競争の災いは二つのことに基づいています−−貪欲と恐怖です。貪欲は恐怖の結果です。恐怖は、いのちに反するところのものについての基本的、根本的表現です。恐怖を取り去るとき、いのちのエネルギーを解き放ちます。それゆえに資本主義制度は人々を自由にして彼らの創造性を探求させるということに基づいているのです。しかしながら、それは純粋に物質的な意味で見られており、集合的に己を表現する魂の側面を除外しています。皆が非常に誇りにしている個人性は、グループ（集団）に仕えるために使われなければなりません。個人性がグループのために使われるとき、その特性は変わります。競争心ではなく、協力的になります。神性なる善意を表現します。
（『協力の術』p.47- 48）


　今、再生の時に入るにつれて、人間は正しい前進をなすための基本的原則を理解すべきである。人類同胞愛、それ自体が一つの事実であり、それがますます新しい形態の特性を決めなければならない。同胞愛の事実に目覚めた者はすべて、未来への道の中央にいることに気づくだろう。同胞愛に関するものはすべて、霊ハイアラキーの活気づけるエネルギーがその大義に注がれていくことを知るだろう。平和は同胞愛の理念の上に築かれ、戦争の潰瘍は永久に世界から除去されるだろう。
　協力が新しい関係の鍵である。協力が支配するとき、過去の不公正や不平等は終わるだろう。利己主義と貪欲に煽られる競争の火は消え、人間が調和と信頼のうちに生きることを可能にする。そのようになるだろう。そのようにして「神の大目的」を具現する大計画は遂行されるだろう。その祝福された状態に向かって、踏まねばならないステップは数多い。しかし、すでに人間の心（マインド）は希望に満ちてその方向に向きつつある。
　分かち合いが、鍵の中の鍵である。分かち合いを通して、人間は神の愛の意味を知るようになるだろう。分かち合いなしに、人間の未来はない。なぜなら神の愛を具現するか−−さもなくば死滅するか−−その時がやって来たのである。分かち合いが、人間の問題のすべてに対する答えと、「新しい時代」への確実な入口を提供する。分かち合いを通して、平和は行きわたるだろう。分かち合いを通して、正義は勝利を得るだろう。分かち合いと協力を通して、同胞愛は栄え、新しい栄光の未来が人間に開かれるだろう。
（『覚者は語る』未来 p.120）


　正しい協力が正しい外的な、つまり効果的な行動を生じさせます。集中した効率的なビジネスのやり方がより効果的な競争をつくるのと同じようにです。競争を協力で置き換えるとき、より大きなグループの認識や創造性やテクニックや創造力を持ち込むことができます。もしそのように働くなら、より効果的なグループになります。より多くのアイディアが生まれ、そしてこれらのアイディアを使わなければなりません。誰でもがそれぞれのアイディアを持つ権利があることを理解しなければなりません。アイディアは、特定の問題との関連においては、おそらくすべてが平等の価値を持たないでしょう。しかし協力によって、試行錯誤によって、最も効果的なアイディアに到達するのです。
（本誌1998年１月号ベンジャミン・クレーム、p.15）


　日ごとに、人は自分の生活を見返しては、不満の原因を明確に見分けることを逸する・・・このようにして、人は人生の交差路に立ち、新しい夜明けか、あるいは破局的な戦争への運命的な最後の滑走を待つ。この情景の中に、マイトレーヤと覚者たちの一団が平和と愛の旗印を掲げて登場する。彼らの周りには正義と平和の大義のために戦う用意の整っている弟子たちが集っている。彼らの鬨の声は「和合」−−すべてのための正義と自由である。彼らは戦闘のルールを知っている−−愛と奉仕による征服である。彼らは時の要求を知っており、あらゆる犠牲を払う覚悟がある。彼らは自分たちの任務を知っており、行動の時を待ち遠しく待つ。彼らの楽の音−−美と真理−−に耳を傾けなさい。彼らの手の合図−−協力と分かち合いと歓び−−を見つけなさい。「新しい時代の勇士」を認知し、共に働く用意をしなさい。そして、あなたが生まれてきた目的を成就しなさい。
（『覚者は語る』愛?前進への道 p.136-7）


　欲望の原理は非常に強力で本能的に競争を通して表れます。協力することはできますが、必要と感じるもの、少なくとも欲しいと思うものを獲得するために競争し、必要ならば殺したり、傷つけたり、破壊したりします。魂が、つまり神性の側面が示顕する段階に至るまでは、それが人間の生活の物語です。覚者が言われるように、「協力は神性なる善意の示顕である」のです。善意を示顕し、私たちに協力を願わせるのは、すべてのいのちの中にある魂です。（『協力の術』pp.32-33）


　競争の時代には、あのいにしえの 諺 が適用される。仕事のみが、食べる権利を授ける。しかし人間は新しい関係を体験する用意が整っている。新しいそして思いやりある協力が人間を、その兄弟の保護者となり、生活の必需品を得る権利を保護するために、招いている。
（『覚者は語る』余暇が鍵である p.167）


　覚者は言われます、「世界の人間は二つの種類に分けられる−−競争する者たちと協力する者たちである」。これはとてつもないステートメントです。この記事の重要なステートメントであると思います。それは世界の現状を、変化への世界の用意の度合いを測るとてつもない尺度のように私には思えます。今日二つのフォース（勢力）が存在します−−過去を愛するが故に後ろを振り返り、古い過去に、役に立たず壊れてしまったものに頑固にしがみついている反動的なグループと、前進への唯一の道は協力を通してであることを知る者たち、協力する用意を整えて転生に入ってきた弟子たちやイニシエートたちです。世界奉仕者の新集団を構成するこれらの弟子たちやイニシュートたちの手に、世界の未来はかかっているのです。
（本誌1998年１月号ベンジャミン・クレーム、p.16）


　人は競争という毒物から自分たち自身を解き放たなければならない。それがグラマーであることに気づかなければならない。実際そうなのであるから。そしてすべての人間の一体性を悟り、「全体的な善」のために協力を喜んで抱きしめなければならない。協力と正義（公正さ）のみが人間を、彼ら自身がつくり出す大惨事から救うだろう。協力と正義のみが彼らの未来を保証するだろう。これがそうであることを考慮するならば、人間は、救済への鍵として協力を受け入れる以外に選択肢を持たない。人々は競争ではなく協力するときに、魔法の一服が彼らの生活の中に入ってくることを発見するだろう。長いあいだ続いていた問題がいとも容易に解決されるのに驚嘆するだろう。不可能だったことがもっとも軽いタッチに道を譲るだろう。そして協力を通してのみ、人間は生きることの本当の術を学ぶだろう。そのようになるだろう。かくして人間は、協力のみが授けることのできる（人間）関係の素晴らしさに感謝することを学ぶだろう。協力を通して、新しい文明が築かれるだろう。新しい科学が明らかにされ、新しい理解が顕れるだろう。かくして、人間は自分たちの神性を発見していく中で共に成長するだろう。かくして、彼らはそのような一体性の歓びと幸せを知るだろう。あなた方の兄たちである覚者たちは協力をよく知っている。わたしたちが行うことすべてにおいて、協力は中心的な役割を果たす。「同胞愛」が示顕されている関係の中では、競争という潰瘍は未知のものである。それ以外ではあり得ない。人間が協力の術を学ぶことがわたしたちの真剣な願いである。この日標を目指して、わたしたちはメントール（良き助言者）として働き、模範を通して教えよう。協力は非常に解放的なものなのに、人間がその歓びを学ぶのにかくも遅れたのは本当に驚くべきことではないか。競争の時代は急速に終わりに近づきつつある。その消滅に伴って、暴力や戦争、豊かさの直中の飢餓、貪欲や分離が同様に記憶から消え失せていくだろう。これらの悲哀に取って代わるために、喜ばしい協力が出現するだろう。そして人間に彼らの本質的な神性を保証する。そのようになるだろう。かくして人間は、神の様相のもう一つの面を理解するに至るだろう。
（『覚者は語る』協力の術 p.530-532）


　私たちは競争が神のようになってしまった社会に住んでいます。生産と製品の売り上げを増やすことが、人生の必要とされる基本的特質として受け入れられています。経済生活においてはそれ以外の機能はありません。より多くの製品をより安く生産し、それを競争相手よりもより安く、より持続的に売ることが競争でないとするならば、経済的な意味での競争の居場所はなくなってしまいます。それが本当に意味することは、私たちは人間としての、転生している魂としての自分自身の感覚を、人生の意味と目的についての機械的な見方とすり替えてしまったということです。
（本誌1998年1月号ベンジャミン・クレーム p.19‐20）


　人間がこの仕事の緊急性を認識するとき、以前には見られたことのないほどの善をなすエネルギー（フォース）が現在の不公正に対して解き放たれるだろう。世界の変容は速やかに進み、人々は同胞として、すべての者の福利のために働くだろう。そうなるであろう。このようにして新しい時代は、マイトレーヤと彼のグループの指導のもとに、人類自身によって築かれるだろう。過去の分離は協力と分かち合いに、利己主義と貪欲は新しい正義に場を譲るだろう。人間自身の裡から、より良き方向への衝動が沸き上がるだろう。それは、われわれすべての裡に備わる神性の証である。その神性が人間の本性であり、マイトレーヤはそれの顕現の動因であることを示されるだろう。
（『覚者は語る』マイトレーヤの出現 p.179-180）


　合意に達するには一つの方法しかありません。協力です。協力するや否や、合意が可能になります。競争心に駆られて見解を述べている間は、合意はありません。なぜなら誰もが自分の見解を受け入れて一般的な見解にしてほしいと考えるからです。そうすると多数意見となり、それは合意とは関係ありません。合意とは、グループによる特定のプロセス、特定の認識、従って特定の行動が、その時間と場所での唯一の正しい行動である、という直観的な、つまり魂による理解です。このようにして、合意は非常にダイナミックな力（フォース）になります。真の合意を得るや否や、全体としてのグループのすべてのエネルギー−−意志と愛と知性−−を得ます。それはあたかも別のもの、つまり統合された声、すなわち全く異なる見解、異なる色合いと条件を一つにまとめる声を創造したかのようです。本当に完璧な協力の中で仕事をしているグループの中で、これらはすべて突然、直観的な方法で融合するのです。すべての人に目的のための計画が知られ、受け入れられ、同様に認識され、そして背後にある魂の全エネルギーを伴って合意が突然グループに降下するのです。合意から来るその行動が仕事をなすのです。それがグループのすべての行動の目的であるべきです。非常に融合しブレンドして、あたかも鋭く強靭な鋼の棒のようになり、それが一直線にこの任務を遂行していきます。そうでなければ、こちらでちょっと、あそこでちょっと試してみるようなかたちになります。するとそれは拡散し、従って比較的非効果的です。時折、一種のインスピレーションのようなものが結束させる火のように働き、灼熱の自然な行動をもたらし、それがターゲットに真っ直ぐに入ります。それがあるときには認知できます。それを考え出すことはできません。グループの人々のマインドと直感が一つの行動として融合するほどにグループが協力するときに、それは起こるのです。その行動こそ最も自然で最高の方法であるのは自明です。それが平均よりも優れた仕事の仕方です。批判や疑問の問題をすべて取り除きます。行動それ自体が、グループのすべてのアイディア、意図、知性、および創造的能力を融合するるつぼになるのです。それがグループの思考であり、グループの行動であり、何ものもそれに匹敵するものはありません。
（『協力の術』pp.317-318）


　人間の裡に聖なる存在が宿ることを、わたしは知っている。愛と正義が勝利すべきであるというのは、その裡なる存在の計画によるものである。そうであるから、結果は保証されている。しかし、すべての者が変化の必要性を、この世界の変換の必要性を、分かち合いと協力と信頼の必要性を、感じているわけではない。わたしの単純なる法が、愛の法が守られるとき、これらすべてのことは結果として起こるであろう。だから、我が友よ、わたしはただ愛と信頼について語る。
（『いのちの水を運ぶ者』No.77）


　今後の仕事は、すべての人間が未来の社会の創造に声を添えることができる条件を、世界的規模で創造することである。このようにしてのみ、現在の分裂は解決されるだろう。これは見かけほどむずかしいことではない。その鍵は人間の手のうちにあるのだから。その鍵とは、いつも言うとおり、分かち合いの原則である。この原則が実施されるや否や、異なった社会的・国家的集団の間の協力を阻む障害は取り除かれ、このようにしてより協調的な形態と道が整えられ、それを通して人類は自分自身を表現することができるだろう。何千万の人間にとって初めて入手できる余暇が、それまで彼らに否定されていた地域社会や国家の出来事や組織に、より密接に関与する機会を提供するだろう。参加する暇が持てるようになると、現在、彼らを取り巻く問題−−派閥的憎しみや分裂、不正義や貧困、犯罪や戦争などの問題−−に対する解答を彼らの裡に見いだすだろう。
（『覚者は語る』新しい機構の創造 p.51-52）


　協力が単なる必要性としてではなく、前進への道であることが示されなければなりません。なぜなら、そうでなければ革命が起きるからです。私たちは変化を欲しなければなりません。協力を欲しなければなりません。経済のスケールの上で最も若い、最も低い者たちから先進国の巨大なマンションに住む権力のプリンスに至るまで、すべての人間が持つ権利を認めて、それを受け入れなければなりません。それは欠くことができません。覚者が述べるように、「競争は自然の秩序に無理を強いる。協力は人間の内なる善意を解き放つ」のです。（『協力の術』p.45-46）


　協力が基調である。抑制なしに繁茂するままに放っておく競争を強調する今日のあり方は、究極的に破壊につながるだろう。かくして協力の旗印がすべての側で高く掲げられ、人々を世界の復興に向けて共に働くように鼓舞するのが見られるだろう。協力以外の何ものも、人間の問題を、多種多様で複雑な問題を、解決することはできない。協力以外の何ものも、人間が人間に負わせた古い傷やいまだうずいている傷を癒すことはできない。協力のみが、すべての者に受け入れられる健全な平和の未来を保証できる。
（『覚者は語る』協力が基調である p.435）


　魂は完全な絶対的な善意を持っています。それは神聖な知性、神聖な愛、神聖な目的・意志しか知りません。善意は愛の一つの側面です。それは神の目的と神の愛が一緒になったものであり、基本的愛です。魂はこれをその乗り舟であるパーソナリティー（肉体人間）の中に培おうとします。それは必然的に協力につながります。協力するとき、人は善意の特質を表現します。これらは一緒に働きます。協力すればするほど、より多くの善意を表現します。善意があればあるほど、より協力したくなります。もし善意があるなら、協力することは容易です。善意という魂の原理ではなく欲望の原理の下で働いていれば、自分の知性が必要だと告げることを、あなたにとってあるいはあなたのグループにとってベストだと知性が告げることを欲しますから、協力することは困難です。知性はしばしば魂から来る洞察や直観と矛盾します。魂から来るものはいつも善意に、正しい関係の表現につながります。魂は正しい関係のみを知っており、それを物質界につくり出すことを欲します。もちろんこれは難しいことです。なぜなら、長い長い間、特に今は政治的経済的機構を通して、私たちは本質的に競争の特性を持つ世界をつくり出したからです。（『協力の術』p.33-34）


　マイトレーヤは、世界の前に公に現れるとき、世界の再生のためのプログラムの輪郭を示すだろう。人類が多くの問題に対処する現在の方法は競争と自己利益に依存しており、非常に欠陥があることを示すだろう。現在の緊張と危険は、無関心と貪欲によってつくり出される不均衡の直接の結果であることを、協力によってのみ世界の問題は解決され、貧困で飢えている人々に食糧が与えられ、惑星の健康が確保され、戦争が忘れられた過去の悪夢となることを、示すだろう。
（『覚者は語る』人類の選択 p.576）


　わたしの教えは単純である。分かち合うことの必要と、すべての人間が平等に汲み取ることのできる資源の溜まり場を創ることの必要を、示すであろう。貪欲を協力と信頼に置き換え、人間の裡なる霊性を顕すことの必要を説こう。霊性の顕現こそ、もっとも大切なことである。我が友よ、それなくしては、人間の未来はまさに闇である。決定の時が人類を待つ。わたしの愛が両極端の見解を創り出す、それがわたしの振り回す剣である。我が友よ、あなたがたがどこに位置するかをよく知り、わたしの光を受けなさい。あなたの足をどこに置くか気をつけなさい−−明日へつながる階段か、または忘却の彼方へか。世の男女よ、我が兄弟たちよ、子供たちよ、あなたがたに訴える
　−−わたしのもたらす真理の光の中へと通じる道を歩みなさい、そして本来のあなたである神を顕せるようになりなさい。これこそが、人の唯一の道であることを知る者は、今日大勢いる。我が友よ、今のこの時に、あなたがたが占める位置をはっきりと示しなさい。わたしの祝福をあなたがたすべてに与える。（『いのちの水を運ぶ者』No.64）


　わたしたちは公に姿を顕していないが、その数を増しながら世界に出てきている。間もなく、あなた方はわたしたちを見るだろう、そして鼓舞されて、わたしたちのあり方を見習おうとするだろう。わたしたちの協力があなた方の競争に取って代わるだろう。わたしたちの見解の広さがあなた方の不寛容さを、わたしたちの愛があなた方の暴力と憎しみを克服するだろう。そのようになるだろう。そのようにして、あなた方は再び大計画に目を向けて、それをあなた方自身のものとなすだろう。（『覚者は語る』機会と挑戦 p.535）


　マイトレーヤは、協力することを切望し、協力する能力のある人々、すべての人間のための協力、正義、自由といった人生観を持つ人々の大きな一団が存在することを承知の上で、世界に出て来られたのです。古い競争的なやり方にしがみついている人々を目覚めさせるために、そして、協力を前進の道として見る人々を啓発し是認するために、マイトレーヤはここにおられるのです。マイトレーヤは、人類が自分たちを破壊するのを阻止するのに、きわどいところで間に合ったのです。もし私たちが協力しなければ、私たちは自分たちのいのちを破壊するでしょう。しかしマイトレーヤは、私たちが分かち合う用意を整えていることをすでに知っていると言われます。
（『大いなる接近』p.57）

　・・・アクエリアス（宝瓶宮）のエネルギーはまさに諸国民を集い寄らせ、協力と理解の連結をつくり、そしてゆっくりと徐々にではあるが、現存の体制の本質的に異なった勢力を統合された全体に融合させていく。新しい時代はまさにわれわれの頭上にある。マイトレーヤと彼のグループの一団の差し迫った到来が、その開始の合図をするだろう。
（『覚者は語る』新しい時代は頭上に p.483）　　　
　
　
　
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<strong>シェア・インターナショナル誌　最新号：　2006年4月号の記事より</strong>
<ul><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_36.html">協力の魔術</a></li><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_37.html">生きる術</a></li><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2004/04/post_25.html">「我々の時代に飢餓を終わらせよう」−前米国上院議員ジョージ・マクガバン氏へのインタビュー</a></li></ul>

<strong>過去シェア・インターナショナル誌に掲載された方々のインタビュー記事の一例</strong>
<ul><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2004/04/post_9.html">前ユニセフ理事長ジェームズ・グラント氏とのインタビュー</a></li><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2004/04/post_11.html">ラビ・バトラ博士へのインタビュー</a></li><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2004/04/post_14.html">国境なき医師団ジェームズ・オービンスキー氏へのインタビュー</a></li><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2004/04/post_15.html">元労働党下院議員トニー・ベン氏へのインタビュー</a></li><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2004/04/post_17.html">元国連大量破壊兵器主任査察官スコット・リッター氏へのインタビュー</a></li><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2004/04/post_20.html">合衆国下院議員デニス・クシニッチ氏とのインタビュー</a></li><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2004/04/post_23.html">英ジャーナリスト、グレッグ・パラスト氏へのインタビュー</a></li><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2004/04/post_24.html">「経済ヒットマンの告白」ジョン・パーキンス氏へのインタビュー</a></li></ul>]]></description>
         <link>http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_36.html</link>
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         <category>シェア・インターナショナル記事</category>
         <pubDate>Fri, 05 May 2006 11:25:39 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「生きる術」</title>
         <description><![CDATA[シェア・インターナショナル誌　2006年4月号より抜粋

<strong>「生きる術」は2005年のアメリカ・ヨーロッパにおけるベンジャミン･クレームの基調講話のテーマであった。この講話は2006年１月号に、そして質疑応答の前半は３月号のシェア･インターナショナル誌に掲載されている。</strong>


<strong>条件づけ</strong>

<strong>Ｑ　私たちの日常生活の条件づけを、生きる術を体得するための個人的な努力に変えるにはどうしたらよいでしょうか。</strong>

Ａ　それは、無執着の創造を妨げる葛藤を解消することによってなされます。私たちは執着しているか、自由であるか、のいずれかです。いずれか一方です。条件づけは奴隷のような状態であり、自由がありません。私たちは葛藤の状態にありますが、自由が本来の状態なのです。条件づけは、その状態を奴隷状態に変えてしまいます。私たちは葛藤の状態の中で執着しています。葛藤を克服すると、突然調和が訪れます。するとまた、もう一つの葛藤を発見します。そしてさらに深く入っていきます。これは１日で起こることではありません。
次の５分間で実践できて自由になれる方法などはありません。人間の状態の中で持続するものでそのようになされるものは何もありません。

　人間の深い条件づけは長いプロセス（過程）であり、自分自身で条件づけから解放される努力をしなければなりません。人生そのものが条件づけを持ち込みます。私たちは人間であり、もし人間でなかったら地球上には住んでいないでしょう。もし私たちが例えば金星か水星に住んでいて第８段階のイニシエートであったなら、条件づけの話に関する質問さえもないでしょう。私たちは、お互い同士を、子供たちを、条件づけています。それがすべて、私たちが生きている人生なのです。条件づけの除去（de-conditioning）があなたを条件づけから解放し、したがって執着から解放します。それはプロセスです。今の瞬間から次の瞬間には「私は無執着になっている」などと言うことはできません。そのようなものではありません。自分自身を訓練すればするほど、無執着が育成されるのです。

　執着しようとする欲求を犠牲にするのです。私たちは条件づけられたことを必要としているので、執着を必要とするのです。それはアストラル的/情緒的観点から私たちを満足させます。ですからアストラル界への執着を克服しなければならないのです。最初に物質界、次にアストラル界、そしてメンタル界への執着を克服して、三つのすべての界の条件づけから解放されなければなりません。条件づけの除去とは、執着をますます減らしていくことです。それは、人生体験の中で形成されてきたすべての執着のことです。

　物質界に（意識が）偏極している人は、もはやこの世界にはいないと思います。人類の大部分はアストラル界に偏極しています。それは、アストラル界が彼らの意識の座であることを示しています。感情との同認（感情的な反応を自分だと思うこと）によるアストラル界への焦点によって形成された執着が、私たちを条件づけるのです（感情を実相と考えますが、それは夢のようなもので完全に想像上のものです）。アストラル界の経験は想像上のものです。それは思考形態にすぎません。もし感情を思考形態に執着させるならば、それに執着することになります。それは、いつも私たちにその経験について何かを思い出させます。それは、同じような反応のきっかけとなり、そこで執着を形成します。条件づけとは、執着に対するもう一つの名称です。

　私たちは、メンタル界においても同じことをします。メンタル界上の執着に気づくのはもっと難しいことです。なぜなら、執着は大抵の人の場合は感情的なものだからです。それはグラマー（幻惑）またはイリュージョン（錯覚）と呼ばれています。しかし、イリュージョンを正見してそれに気づくまでは、条件づけの除去はできません。執着することと条件づけられていることは同じことです。それは、私たちが人生と呼ぶ実相ならざるもの（unreality）の一部分です。しかしそれは、私たちが通過しなければならない非実相です。なぜなら、そのようにして私たちは意識的認識において成長していくのです。しかしながら、もし意識的認識がアストラル界に限定されるならば、私たちは人生の特質を囲むあのグラマーやイリュージョンの中で生活することになります。人生の特質は、大抵の人が感じ取るものとは非常に異なっています。なぜならそれは、すべてがアストラル界で起きているものとして感知されるからです。あらゆる体験が、アストラル物質、つまり私たちをアストラル界に縛り付ける思考形態に包まれます。私たちの思考形態でアストラル界を創出するのです。


<strong>Ｑ　条件づけられたことを、どのようにして変性させるのですか。</strong>

Ａ　それは、段階的に自己の条件づけを除去する訓練を行うことによって、つまりより一層無執着になる訓練をすることによってなされます。これは鍛錬を必要とするため困難です。しかし、本質的には簡単です。それゆえ、マイトレーヤの教えである次の三つの規定を実践しなければなりません。

<strong>心（マインド）の正直（Honesty of Mind）：</strong>正直に、ストレートに考えること。大抵の人はあることを考え、そして別のことを言い、さらに別のことを行う、とマイトレーヤは言われます。私たちが考えることと、言うことと、行うことはすべて異なっています。マインドの正直さがありません。

<strong>生気の誠実さ（Sincerity of Spirit）：</strong>私たちはお互いに他人の真似をして自分を条件づけています。条件づけとは、自分であることをやめて他人の真似をすることです。もしあなたがあなた自身でないならば、あなたは何か他のものでなければなりません。あなたはその時その時で何かにならなければなりません。そして、もしそれがあなた自身でなければ、それは部分的には非自己（non-self）でしょう。私たちは、ある状況では、時折真実なハートとマインドの状態になり、そのように行動して、ハートからハートに語りかけます。しかし大抵の人は行動の多くの場面において、人に感銘を与えようとしたり、彼らの伴侶のマインドに自分にとって好ましい印象をつくるような関わり方をします。

　私たちは役を演じているのです。それが相手に感銘を与えると思うからです。「彼らが私を高く評価する」からです。「私は非常に聡明で、自信に満ちている。もちろん、自分は自信がないことを知っている。しかし、もし私が声高に話し、颯爽とやって来て、内気にならずに彼らに力強く対処すれば、彼らは私が自信に満ちていると確信するだろう。外交的で大きなジェスチャーを用いれば、彼らは私が世の中のことに精通していると思うだろう。自分は世の中をコントロールできないことを知っているし、世間を恐れている。しかし、私は物事をコントロールできるという印象を与えることができれば、彼らは私を見上げ、私を好きになるだろう。彼らは私を友人にしてくれるだろう。そうすれば私は幸福感を味わい、自分は安全だと思うだろう。もし私が誰にでもそのように対処すれば、多くの友人ができるだろう。そしてもしたくさんの友人がいたら、私は本当に幸せになれるだろう」と思います。

　多くの人々はこのような不誠実な生活を送っています。どうですか？　自分について考えてごらんなさい。そうではありませんか？　どれだけの人が、本当に、完全にありのままの自分自身であるでしょうか？　両親と一緒にいる子供はそうです。なぜなら、子供はまだ条件づけられていないからです。両親といる幼い子供は、堕落させられるまでは完全に正直です。それからもちろん、いたずらをします。そうして「がんばり続ければ、欲しいものがもらえるよ、きっと！」と思って、泣いて、泣いて、泣き続けます。早々と堕落が始まるのです。しかし赤ちゃんは、最初は完全に正直です。赤ちゃんは、どこかが痛かったり、お腹がすいたり、疲れたりすると泣きますが、それ以外はいつも微笑んでいます。


<strong>無執着</strong>：どれだけの人が無執着でいられるか。あなたはどれだけ無執着でいられると思いますか。他人を必要とする思いから、どの程度解放されていますか。絶えず賞賛される要求から、絶えず感謝される要求から、どの程度自由ですか。どんな小さな行為に対しても感謝されることをどの程度要求しますか。あのちょっとした賞賛、それがあなたをがんばらせるのです。あなたは自我をふくらませます。絶えずこのようなことが起こっているのに、どうして自分は無執着だと言うことができるのですか。誰かがあなたを賞賛すると、あなたはそれによって左右されますか。大抵それに左右されていると思います。もし、あなたが無執着であるならば、人々があなたを支持しようと反対しようと、賞賛しようと、歯に衣着せない批判をしようと、気にならないでしょう。あなたが本当に無執着であるならば、それに拘泥しないはずです。そしてもしあなたが本当に無執着であるならば、あなたは条件づけられていません。

　私たちは皆、子供のときに始まった条件づけに悩まされています。赤ちゃんは条件づけられていませんが、数年以内に条件づけが始まります。子供のいる人はこのことを考えてください。なぜなら、自分が子供たちを保護していると思っているうちに彼らを条件づけており、彼らの人生を困難にしているからです。それは、全般的に言って、彼らを保護しているのではなく、私たちが彼らにしてもらいたいこと−−つまり、うるさくしないようになること−−を押し付けているのです。

マインドの正直さ、生気の誠実さ、そして無執着が条件づけを克服する鍵です。


<strong>Ｑ　子供たちを条件づけずに、生きる術やいのちの法則の中で彼らをどのように教育すべきですか。</strong>

Ａ　気張ってはいけません。単純です。子供を自然にしておきなさい。一つには、あなたを苛立たせるようなことをするたびに子供を叩いたりしてはいけません。私たちの有害な行為は、子供のリアリティー（現実）に関する無知が原因です。次のようなことを語りながら子供にいのちの法則を教えてはいけません。「あなたは、今日、いのちの法則に関するクレームさんの教えを読んだの？　読んだのですね。なにが分かりましたか」。「それはクレームさんの教えではなく、ある覚者の教えから採ったものであることが分かりました」。「良い子だね、もう一つビスケットをあげるよ」などと。子供にあなたがいのちの法則を教えていることを知らせたり認めさせたりしてはいけません。あなたがどんなときに子供を条件づけているのかを認知することであり、そして、マイトレーヤが世界におられることや子供が12歳になったら「お母さんやお父さんのように」伝導瞑想をすることができることを教えようとしたりしないことです。あなた次第です。

　子供には、押し付けることなしに、できるだけ無害であることを教えなさい。それはあなたが子供に対して無害であることを通して教えるのです。子供はあなたのように行動します。もしあなたが無害であれば、子供は無害です。自分は無害であると思っていても、もしあなたが有害であれば、子供も同じようになるでしょう。私たちは絶えず伝達しているのです。


<strong>Ｑ　条件づけとは何ですか。生きる術に関する教育と条件づけをどのようにして識別しますか。</strong>

Ａ　条件づけは教育です。しかし、それは悪い歪められた教育です。条件づけとは、すでに知られているもので、新しいものでない行動をしたり、考えたり、経験することです。もしあなたが経験することがすべて既知のものであり、実際に記憶の機能であるならば、それは生きる術とは関係がありません。生きる術は、一瞬一瞬、本質的に新しいのです。生きる術の本質は、あらゆる瞬間が新鮮です。それは魂から来る創造的な経験です。

　われわれは進化途上の魂です。それゆえ、私たちの生活の中でそのリアリティー（実相）を、魂のリアリティー、魂の創造性を反映するものはすべて、生きる術の最高のものと調和しています。既知のもの、すでに消滅したものは、単なる記憶です。それは、過去から持ち越された無益なものであり、多くの人々に愛好され握りしめられていますが、それは生きる術のための適正な構造にとっては有害です。

　生きる術は、万人のための最も偉大な自由を、万人のための最も偉大な機会を、万人のための最高度の正義を提供するでしょう。それが生きる術です。あなたが行うあらゆることにおいて、−−一般の人間としてであれ、大企業の責任者としてであれ−−万人が良いと認め、共通の善が高められ、保持され、強化される条件を創造します。生きる術とはそういうことなのです。


<strong>余暇、簡素さと生きる術</strong>


<strong>Ｑ　時間と余暇の違いを、例を挙げて説明していただけますか。</strong>

Ａ　余暇は何もしないということではありません。余暇とは、やりたいことをやり、肉体やマインドやハートを休ませることをやり、あるいは共同体のための仕事以外にあなた自身のために何かをやる時間を提供するものです。現在、時間は、あなたが住んでいる国つまり全体としての共同体のために、毎週５日間だけ提供されます。先進国の人間の大部分は、土曜日と日曜日には余暇があります。私は、個人的には、それで十分だとは思いません。３日もしくは３日半以上も完璧に集中して働き、私が余暇と称しているもののために３日もしくは３日半しか取れないようなことを誰も要求されるべきではないと思います。

　余暇は１週間のうちでも最も努力を必要とする時かもしれません。登山者にとっては１週間の中で余暇は確かに最もきつい時でしょう。もし彼らが長距離ランナーであれば、その３日と半日は最もつらい時でしょう。もし車を部品に分解して再び組み立てる仕事をやっているならば、それは困難な集中を要する仕事でしょう。しかし、部品が戻る位置の視覚的な記憶を持ったある種のメンタリティーを持つ人には、純粋な喜びを与えるかもしれません！　様々な種類の余暇と余暇の用い方があるのです。時間と余暇は対照的なものではありません。互いを支持するものです。

　世界の物品は、大部分は世界の最も貧しい国々の人々によって作られています。彼らには茶摘みをしたり、衣服や道具やラジオや靴などを作る以外に選択肢がありません。その労働の結果のおかげで、これらの物品を売買する人が余暇を得ます。彼らは比較的贅沢で余暇のある生活を送ります。いつでもやりたいことをやります。友達と会って、乗馬や車でドライブに行き、あるいは映画に行きます。また飛行機に乗ってヨーロッパや日本に旅行することもできます。余暇は、休暇のときと同じように、やりたいことをさせてくれるのです。
　それは毎週休暇があるようなものです。人々には、自分自身であり、自分自身を発見し、自分自身を知り、自分自身を経験する余裕が必要です。

　時間のある人には余暇があると言う以外に、余暇と時間を対比させることはできません。もしあなたに時間があるならば、余暇があります。もしあなたに時間がなければ、余暇はありません。なぜなら、あなたは他のことをやっているからです。あなたと関係のないことをやり過ぎているので、あなたは幸福であることはできません。それが現在の世界における主な病気です。

　多くの人が病んでいます。絶えず病気をしています。それは全く情緒的で心理的な病気です。なぜなら、あまりにも多くの時間を、彼らの本性や興味に反する仕事に、そして彼らがそのために訓練し準備してきたものに反する仕事に費やしているからです。彼らは機械的になり、機械になっているので内なる自己との接触を失っています。


<strong>Ｑ　多忙な生活の中で余暇の姿勢を育成するにはどうしたらよいのでしょうか。</strong>

Ａ　余暇は姿勢ではありません。余暇とは、やりたいことをやる時間があるということです。やりたいことというのは、あなたの内部から湧き上がってきて自然にやりたくなるものです。誰でも休暇を取って旅行に行きたいと思います。その思いは絶えず人々の中で沸き立っているようです。私にとって、休暇とは飛行機に乗って旅に出かけることではなく、２階の自分の仕事場に行ってドアを閉めて座って、自分が制作してきた作品を観ることです。それが余暇です。それは自分であるための時間のことです。

　今日、人々が仕事をしているとき、たいてい彼らは自分自身ではありません。それは二重生活です。生活費を稼いで堕落したこの社会の中で生きるために構築した別の人生、あるいはもう一つのパーソナリティーです。私たちはそこで生活し、そこに留まらなければなりません。そこから脱退しても良いことは何もありません。現在起こっていることのために、私たちは今この世に転生しているのですから。私たちは、新しいより良い世界をつくる任務を持っています。

　余暇とは、あなたが本来やりたいことをやることです。それは創造的です。それは創造的になる機会です。人々は、創造性とは必ずしも芸術に関することではない、ということを忘れています。「もしあなたが芸術家でないならば、どのようにして人生を多少なりとも創造的にすることができるのですか？」というような質問を受けます。創造的になるためには、必ずしも画家、音楽家、ダンサー、または俳優のような芸術家である必要はありません。それは一つの活動分野にすぎません。何であれ、あらゆる分野において創造的であり得るのです。一流の科学者は、原子の性質、例えば宇宙のエネルギー質量に関して、それがどうして彼らの指先からすり抜けて急に存在しなくなるように見えるのか、ということに関して途方もない発見をします。物質に何が起こったのか？　そのような科学者は偉大な発見をしたのです。それが創造性です。絵を描く画家または詩に音の高低を与える音楽家と同じ創造性です。

　創造性は神の子なる一人一人の裡に存在します。それは神に賦与されている特質です。創造的な活動は、いのちの法則の下で生きる人生の特質です。生きる術（アート）とは創造的に生きることです。それは人生のすべての様相に必然的に伴います。機械工でも、看護師でも何でもよいのです。


<strong>Ｑ　世界の資源を分かち合うことが、先進国と発展途上国において、余暇をもたらすことに関して、どんな助けになるのですか。</strong>

Ａ　発展途上国においては、より多くの時間を持てるという点で助けになるでしょう。なぜなら、彼らは何もないところからわずかなものをつくり出すために多くの時間を費やさなければならないからです。先進国に住む私たちは、多くのものから多くのものをつくり出すための時間がいくらでもあります。もし世界の資源がいろいろな国の必要に応じて適切に分かち合われるということになれば、単に資源の再分配を行うだけでいいでしょう。それはすべて分配と再分配に関することです。それが今日の経済的問題の基礎です。革新的な再分配の計画がすでに存在しています。私たちが分かち合いの原則を受け入れると、それは直ちに人類に提供されるでしょう。その計画の性質そのものによって、この再分配が現在よりもっと多くの余暇をあらゆる人々に提供するでしょう。

　人々の非常に多くの時間が、オフィスの建物を書類で埋め、それをファイルにし、取り出し、読み、それらに関する記事を書き、誰かに手渡し、その人がまた他の人に手渡すという具合に、全く機械的な方法で使い果たされています。誰かが何かにサインをします。それが階上に行き、また戻って来ます。そして何枚かの紙片を配布するだけですが、それが様々な量の種々の物品について報告します。その物品は生産されたもの、または生産予定のものであり、それに要する値段も報告されます。すべてこのようなことが、現在世界中の何百万というオフィスの建物の中で繰り返されています。これは人間の才能、エネルギー、想像力の完全な浪費です。それは、人々が持ち得る余暇への侵略です。

　これらは本当の仕事ではありません。それはグローバリゼーションと関係のある完璧に組み立てられた仕事であり、日本、中国、香港、またはコスタリカで製造されてアメリカで販売されるTシャツが、様々なデザインや品質であることを確保するための仕事です。それにもかかわらず、これもまた資源の分配に関わることです。私たちのほとんどの商業はこのようなものです。

　エジプト文明について私たちが入手できる様々な遺物の多くは、彼らの商業に関する報告です。楔形文字で書かれた大量の文字版が「本日、魚３匹、くずかご一つ、メロン２個などが売れ、そして８ペセタス（あるいは別の種類の硬貨）を受け取った」ということに関することです。それは焼き固めた硬い粘土で大きい容積のものです。これを知ることが私たちにとってどのような役に立つのでしょうか？　それは数千年前のエジプトという国の日常生活の小さな光景を知らせているだけです。

　全く正気とは思えない人が将来20世紀または21世紀の人たちの生活を知りたいと欲するならば、この巨大な高層ビルのどれかにある書類に目を通し、何百年もかけてそれらを詳細に調査して、これらの書類に印刷されているものを読み、電子メールを読むことに時間とエネルギーをつぎ込めばよいのです。調査をした人は、その書類を書いたつまらない人たちの人生について非常にはっきりとした状況を把握するでしょう。

　それが何の役に立つと言うのですか？　人間の莫大な時間とエネルギーが、世界の力学を管理している人たち、際限なく複製が作られる種々の無駄な物品製造と販売を管理している人たちによって浪費されています。すべてが私たちに雑多な選択肢を提供するためのものです。どれだけの種類のアイスクリームを私たちは必要とするのでしょうか？　折り紙つきのアイスクリームを50種類以上も売る店があるのです。現在先進国において生産されるあらゆる種類の物品に関して同じことが言えます。

　アメリカ、イギリス、フランス、日本やその他の国で生産されているものは、他の国ではほとんど必要とされていません。物品はすべて選択肢を提供するために生産され、また、私たちがすでに所有し生産しているものにはめ込むための最新の便利な小物が生産されています。

　これは人間の潜在能力の浪費です。私たちが世界の資源を分かち合うとき、そのようなやり方の多くが取り除かれます。分かち合いがもたらす洗練された物々交換の形式に従って、交換した物品の記録の保存が必要とされるだけです。それは完全に簡素化され、私たちの生活は全く認知できないほど簡素化されるでしょう。50種類ものアイスクリームの必要はなくなるでしょう。


<strong>Ｑ　生きる術における簡素化の役割について詳しく説明していただけますか。</strong>

Ａ　簡素化にはある役割があります。それは、すべての生き物が進化の道程をたどるときには、まず食べることだけを求めるからです。それから器官がますます複雑になるにつれて、その必要も一層複雑になっていきます。そして人類は、地球上に65億人も住んでいるのですが、最も複雑な生活を送っており、使用可能あるいは不可能な、有用なあるいは無用な無数のすべての種類の物品を作り出しました。これが全世界の商店や貯蔵室を満たしています。世界中にばらまかれ人々に脅威を与えている何百万トンもの武器も、もちろんその一部です。

　例えば、東京の主要な大通りをちょっと散策して、携帯電話、カメラ、テレビ、またはコンピューターなどのあらゆる種類の電化製品を買うことのできる場所に行ってごらんなさい。それらをいくらでも買うことができます。すべてのビルが１階から20階まで、あらゆる種類の通信用物品でいっぱいです。

　もっと簡素化できるのでしょうか。簡素化は生きる術と非常に関係があると思います。私の経験では、人類が成長して人生がますます物品、科学技術製品で満たされてくると、簡素化からますます遠ざかり、生きる術と称するものから一層かけ離れていきます。私たちは生き方が分からなくなります。貯蔵倉庫を、携帯電話やコンピューターのようなもので満たすのは良い生き方ではありません。それらは、有用であれば流通させ、でなければ作ってはなりません。それは狂気じみた商業主義です。人間が進化するにつれて、人類が生きる術を悟るにつれて、これらの複雑な過剰生産を積極的にある程度やめるにつれて、簡素化が基本であることが分かるでしょう。

　簡素化とは、実際に、最も充実した人生を楽しむための必要最低限のものを用いることです。最も充実した人生は、術として生きることができます。しかしそれは簡素化を必要とします。そのようにして、私たちは新しい時代に正しく入っていくのです−−生きる術が人類によって真剣に考慮され、認知され、発展させられるとき、無害と犠牲の法則がそれをコントロールするとき、より一層の質の簡素化が現れるでしょう。‘ 荒野の体験’が簡素化の必要性を人類に示すでしょう。おそらく今日のアメリカのように生活が複雑になればなるほど、未来の簡潔化を受け入れるのが困難でしょう。しかし、簡素化の中には大きな幸福があるため、未来はより幸福な時代になるでしょう。


（続きはシェアインターナショナル誌 2006年　4月号にて）



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<strong>シェア・インターナショナル誌　最新号：　2006年4月号の記事より</strong>
<ul><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_36.html">協力の魔術</a></li><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_37.html">生きる術</a></li><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2004/04/post_25.html">「我々の時代に飢餓を終わらせよう」−前米国上院議員ジョージ・マクガバン氏へのインタビュー</a></li></ul>

<strong>過去シェア・インターナショナル誌に掲載された方々のインタビュー記事の一例</strong>
<ul><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2004/04/post_9.html">前ユニセフ理事長ジェームズ・グラント氏とのインタビュー</a></li><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2004/04/post_11.html">ラビ・バトラ博士へのインタビュー</a></li><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2004/04/post_14.html">国境なき医師団ジェームズ・オービンスキー氏へのインタビュー</a></li><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2004/04/post_15.html">元労働党下院議員トニー・ベン氏へのインタビュー</a></li><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2004/04/post_17.html">元国連大量破壊兵器主任査察官スコット・リッター氏へのインタビュー</a></li><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2004/04/post_20.html">合衆国下院議員デニス・クシニッチ氏とのインタビュー</a></li><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2004/04/post_23.html">英ジャーナリスト、グレッグ・パラスト氏へのインタビュー</a></li><li><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2004/04/post_24.html">「経済ヒットマンの告白」ジョン・パーキンス氏へのインタビュー</a></li></ul>]]></description>
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         <category>シェア・インターナショナル記事</category>
         <pubDate>Fri, 05 May 2006 11:28:41 +0900</pubDate>
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         <title>伝導瞑想の普及活動</title>
         <description><![CDATA[<img alt="transm.jpg" src="http://sharejapan.org/bcworks/transm.jpg" width="250" height="174"align="left" space="8" hspace="8"/ >　伝導瞑想は１９７４年、ベンジャミン・クレームによって初めて世界に紹介されました。以来この伝導瞑想は一切組織を作らず、無料で、完全な自由意志参加に基づく伝導瞑想グループとして、世界中に光のネットワークとして広がっています。クレームは毎年来日の際に、公開伝導瞑想会を通して伝導瞑想の普及にあたっています。

　クレームが指導する公開伝導瞑想会の折には各地とも大勢の人々（東京では500名以上）が集まります。初めての方のために公開瞑想会を随時行っています。

　伝導瞑想とは二つのヨガ、カルマヨガ（奉仕）とラヤヨガ（エネルギー、チャクラ）を組み合わせた新しいグループ瞑想です。世界のために役に立ちたいと願う人々にとって、最も強力で簡単な奉仕の手段であり、同時にそれを行う人々の霊的成長を急速に促します。

　この地球には宇宙の様々なレベルから多種多様なエネルギーが絶えず注がれており、それらを管理操作して、人類にとって有益なエネルギーのみを送っているのが、人間としての進化の過程を終え、自己を完成させた方々（覚者方）の一団です。意識しようがしまいが、人類はこれらの高度な霊エネルギーを吸収し、反応し、意識を拡大・進化させながら、文明を築いてきました。

　伝導瞑想グループは、覚者方から送られてくるエネルギーを人類がより吸収しやすいレベルまでステップダウンする“変圧器”の役割を果たします。

　日本でも各地で大勢の人々がこの奉仕の瞑想を実践しています。どこにグループがあるかお知りになりたい方は、シェア・ジャパンへお問い合わせ下さい。

<table><tr><td>
<a href="http://www.sjsh.co.jp/Pages/transm.html">さらに詳しくお知りになりたい方は、ベンジャミン・クレーム著「伝導瞑想ー２１世紀のヨガ」をご参照ください。</a></td><td><a href="http://www.sjsh.co.jp/Pages/transm.html"><img src="http://www.sjsh.co.jp/Media/demmei.jpg" align="right" space="8" hspace="8"></a></td></tr></table>]]></description>
         <link>http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/21.html</link>
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         <category>伝導瞑想</category>
         <pubDate>Sun, 07 May 2006 16:20:13 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>2000年に向けての大いなる期待Great Expectations for Millennium</title>
         <description>ニューヨークタイムズ紙  1996年 7月20日( 土) 
( グスタフ・ニーバー記) 

　西暦2000年が近づくにつれて、形而上的な大変化は歴史的な年代区分の移り変わりと一致するという宣言は聴衆に事欠くことはない。
　例えば、過去10年間で2 度、キリストの再臨を予告した本は非常によく売れて、いろいろなニュースの種になった。その一つは1988年 9月、もう一つは1994年の晩夏を示唆したものだった。だが、言うまでもなく・・・

　しかし、歴史を止める程の期待は決してキリスト教だけに見られるものではない。20年もの歳月を、イギリスの画家ベンジャミン・クレーム氏はすべての宗教によって待望されている救世主的人物が間もなく姿を現し、地球をより住みやすい所にしてくれると、聴衆に講演してきた。

　それ自体、つまり世界的な救世主という考えはクレーム氏特有のものではない。他にも、近年昔年を問わず様々な時期に同様の夜明けを告げた人々がいた。
　しかし、73才の白髪の紳士ベンジャミン・クレーム氏は、静かな語り口で、その変化を詳しく、また確固たる調子で説明し、それは既に進行中であると言って、何年もアメリカや海外で大勢の聴衆を引き付けてきた。彼の話では、世界教師、その個人名をマイトレーヤという人物の声を間もなく世界は聞くだろう。彼は智恵の覚者たち、つまり、地球の聖なる計画の守護者として働く一団の「完成した人々」の長に当たる方である。

　クレーム氏の話では、マイトレーヤは「自分で創った肉体」でヒマラヤの住まいを出て、1977年の 7月19日にロンドンにやって来て、それ以来南アジア系の移民の中に住んでおり、世界のテレビを通して御自身を現し、すべての人々の相互安寧のための新しい文明の建設を指導する大宣言の日に備えているという。

　公の出現に関して、クレーム氏は「いまにも起こり得ると告げられています」と、先週行われたインタビューの時に語った。その前日に行われた彼の講演会は入場無料。寄付は歓迎ということで、マンハッタンのベンシルバニア・ホテルで開かれ、 200人の聴衆を集めた。
　啓示についてクレーム氏は、「それは間近です。明日かもしれないし、一週間後、あるいは二ヶ月後かもしれません」と語った。

　クレーム氏の著書に議論の余地なしと思われる声明の形で書かれているように、彼の話は「素晴らし過ぎてとても信じられないように思われる」。しかし彼は、秘教の伝統に属するものではあるが、とにかく宗教的伝統の中で話をしている。

　彼にインスピレーションを与えてくれた人的源は何かという質問に対して、クレーム氏はヘレナ・ブラバツキーやアリス・A ・ベイリーの著作を勉強したと答えた。彼らの書物はニューエイジと呼ばれる広範で多様な現代の霊的思想に対して深遠な影響を与えて来た。ニューエイジというのは、東洋と西洋の神秘主義的要素のブレンドであり、強力な自己向上思考の処方である。

　通称マダム・ブラバツキーと呼ばれた人は、ロシアの貴族階級出の霊媒であったが、1875年にニューヨークで神智学協会を設立し、智恵の大師方と呼ばれる高位の存在たちの助けを借りれば、人々は霊の領域に接触することができると教えた。

　1923年にアーケイン・ソサエティを設立した元神智学協会のメンバーであったベイリー夫人は、さらにその先へ行き、ある特定の覚者からの筆記であると彼女が言う本を何冊も出版した。それらは、平和と啓明の「新しい文明」の到来を予言するものであった。

　ニューオーリンズのロヨラ大学の宗教学助教授であるキャサリーン・ウェシンガー氏によると、この信念体系に強力に寄与した三人目の女性がアニー・ベサントというイギリスのフェミニストで、彼女は1907年〜1933年まで神智学協会の会長を務めた。その間彼女は、世界教師の到来を宣言し、その任にあるのはマイトレーヤと呼ばれる存在であると言った( 仏教の教えでは、マイトレーヤというのは遠い未来にこの世にやって来ると期待されている未来仏の名前である)。 

　クレーム氏は神智学協会に所属したことはないが、ブラバツキーの書物はこの惑星の計画の展開に「準備的」役割を果たすもので、ベイリー夫人の作品は中間段階のものであると見なしている。「私はそれらの教えを継承していると人々は見ていますが、自分ではそれらの教えに抜けている部分を埋めているのだと感じています」とクレーム氏は付け加えた。

　確かにそう考える人々はいる。しかし、警戒する人々もいる。1995年に『アメリカ文化におけるニューエイジ運動』という本の著者リチャード・カイル氏は、1982年にクレーム氏がマイトレーヤに関する情報の詳細を「キリストは此処にいる」と宣言する広告を載せた時、福音主義のプロテスタントを憤慨させ、彼らにニューエイジと名の付くものは何でも攻撃させることになった、と言っている。

　その論争を容認するかのように、彼の講演会を知らせるチラシは次のような質問で始まっている。「何故あなたがこの男の再臨の話に耳を傾けなければならないかって? 」。その下に、三つのユーモア溢れる答えが書かれており、真面目な答えが一つ。「なぜなら、あなたは世界の根本的な問題に対して実際的な解決法を探しているからです」

　懐疑的な人々にどう対処していますかと尋ねられて、クレーム氏は「心を開いていてください、と言っています」と答えた。「懐疑的なのはかまいませんが、冷笑的なのは好きではありません」

　彼は、自分も懐疑的だった。しかし、と付け加えた。「生涯を通しこの教えを勉強し、しかも一瞬一瞬覚者方の一人と接触を保っていたら、真実に対して非常に研ぎ澄まされた目と耳を持つようになるでしょう」
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         <link>http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/2000great_expectations_for_mil.html</link>
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         <category>コラム</category>
         <pubDate>Tue, 09 May 2006 23:06:26 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>希望と期待の風潮を作る</title>
         <description><![CDATA[<img alt="bcphoto.jpg" src="http://sharejapan.org/bcworks/bcphoto.jpg" width="231" height="226"align="left" space="8" hspace="8"/>　1922年生まれの英国人の画家であるベンジャミン・クレームは、1959年の出来事がきっかけで現在の活動へと導かれ、長年に及ぶ厳しい訓練の後、懐疑的な世界に向かって信じ難い話を提供するという困難な仕事に従事しています。

　まず、クレームは１９８２年の国際月刊誌『シェア・インターナショナル』創刊以来の編集長として、彼に協力する世界中のボランティアとともに、全く無報酬でその発行に当たっています。毎月クレームを通して寄稿される智恵の覚者からの記事は、本誌最大の特徴となっています。

　またクレームは人々の要請に応えて、世界中で講演活動を無報酬で行っており、講演回数は優に数千回に及びます。信じ難い驚くべき内容にもかかわらず、クレームの真摯な姿勢と情報の正確さが人々の脳裏に強烈な印象を与え、今でもますます大勢の人々が期待を持ってその情報の今後の展開を楽しみにしています。ＢＢＣ、ＡＢＣ、ＣＢＳなど多くのテレビ・ラジオにも出演してきました。アメリカの公共放送で６回シリーズとして全米に放送された対談番組『シェア・オブ・ジ・エア』は彼の話を知る上でまたとない番組ですので、文字にしてご紹介します。このほかにもカナダのジャーナリストの『ある男の物語』やニューヨーク・タイムズ紙記者による『ミレニアムへの大いなる期待』などで、クレームの人となり、活動ぶり、話の全容を窺い知ることができるでしょう。

　クレームが世界中の講演の折りに受けたあらゆる質問や、あらゆる機会に提供してきた貴重な情報、哲学的なテーマ等に関する講話は、読みやすく編集され、彼の著作として各国語で提供されています。

　これらの活動の他にも、クレームは新しい時代の新しい奉仕の形態として『伝導瞑想』の普及にも努めています。これにも組織はなく、意志さえあれば世界中の誰でもどこでも実践することができます。（『伝導瞑想−−２１世紀のヨガ−−』）

　クレームの携える話を端的に言えば、今日の世界の激動と混乱は宇宙的なエネルギー（新しいエネルギーと古いエネルギーの間の）の相克が関係している。古いエネルギーの影響下で極限に達した人間の貪欲と行き過ぎた商業至上主義のためにこのままでは地球破滅へと向かいかねない困難な時代にわれわれはいる。しかし幸いにも今、われわれには人類を破滅から救うべく新しい時代の偉大な教師方の存在がある。世界の行く末は、究極的には民衆であるわれわれの選択にかかっているのですが、人類はすでに正しい選択をすることを、これらの存在はすでにご存じだというものです。世界が危機を乗り越えた時、人類を待つ輝かしい未来とは、いかなるものでしょうか？

　クレームはこれらの情報を決して皆さんに信じて欲しいとは言いません。単なる思考材料として提供するだけなのです。]]></description>
         <link>http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_2.html</link>
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         <category>コラム</category>
         <pubDate>Wed, 10 May 2006 20:45:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>2007年来日講演会案内　</title>
         <description><![CDATA[<table cellspacing="5" border="0"><tr>
<td><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_41.html"><strong>東　京</strong></a></td><td>5/12（土）PM 2:00〜</td><td>日比谷公会堂</td><td>問　03-3358-7130</td></tr>
<td><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_42.html"><strong>大　阪</strong></a></td><td>5/19（土）PM 2:00〜</td><td>厚生年金会館　芸術ホール</td><td>問　06-6773-2806</td></tr>
<td><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_43.html"><strong>名古屋</strong></a></td><td>5/22（火）PM 6:00〜</td><td>名古屋市つるまいプラザ<br/>（愛知県勤労会館）</td><td>問　052-836-1130</td></tr>
</table>

<strong>いずれも入場無料です。　総合問合せ：042-799-2915（シェア・ジャパン）</strong>



<img src="http://sharejapan.org/bcworks/tokyo.jpg">


<table bordercolor="cccccc" border="2" tr><td><a href="http://sharejapan.org/bcworks/2007Back.pdf"><strong>チラシの裏：<br>講演内容、講演者と通訳者のプロフィールを掲載（ＰＤＦファイル）</strong></a></td></tr></table>
]]></description>
         <link>http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/2006.html</link>
         <guid>http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/2006.html</guid>
         <category>コラム</category>
         <pubDate>Wed, 10 May 2006 23:11:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>日本語版監修責任者石川道子プロフィー</title>
         <description><![CDATA[<table><tr><td>
<img src="http://sharejapan.org/bcworks/michiko.jpg" align="left" space="29" hspace="8">米国エール大学大学院修士課程、国際政治学専攻。米国で新しい教育形態の実践的研究開発に従事。1980年にクレームの著書に出合って以来、彼の英語版著書の編集・出版、さらに翻訳、日本語版の出版、そして日本におけるクレーム講演会での通訳などあらゆる面で活躍している。また日本各地の要請に応えて、自身でも講演を行うなど、この情報の伝播に全力を尽くしている。クレームの書籍の根底をなす秘教の概念についても造詣が深く、また組織を作らずに活動する日本のグループの中心にあって、磁力的存在となっている</td></tr></table>
　
<table><tr><td>
<i>2006年秋</i>
<u>−石川道子氏を囲んで−</u>
<h3 class="entry-header">ビデオ講演会−究極の選択−</h3>
今秋（2006年秋）、長年クレームの通訳としてまた、恊働者として活動してきた石川道子をスピーカーとして、ビデオ講演＆トークの会が福岡・大阪・名古屋・東京・仙台で開催されます。卓越した見解と日米での豊富な経験に基づく人生全般にわたる質疑応答は、各地で非常に好評を博しております。<br>

<strong>《福　岡》</strong>
　１１月１１日（土）　13：30〜16：30
　福岡市　ももちパレス　小ホール　【定員150名】
　（地下鉄「藤崎」駅、藤崎バスターミナルより１分）

<strong>《大　阪》</strong>
　１１月１２日（日）　13：30〜16：30
　大阪産業創造館　6F　会議室Ａ・B　【定員90名】
　（地下鉄堺筋線「堺筋本町」駅12番出口、地下鉄中央線「堺筋本町」駅２番出口）

<strong>《名古屋》</strong>
　１１月１４日（火）　18：30〜21：00
　名古屋市民会館　第一会議室　【定員90名】
　（JR・名鉄「金山総合駅」北へ徒歩5分）

<strong>《東　京》</strong>
　１１月１８日（土）　13：30〜16：30
　武蔵野公会堂　パープルホール　【定員350名】
　（JR吉祥寺駅または京王井の頭線吉祥寺駅「公園口」下車、
　　　南へ向かって徒歩2分）

<strong>《仙　台》</strong>
　１１月１９日（日）　13：30〜
　仙台市民会館　第２会議室　【定員50名】
　（地下鉄：勾当台公園、徒歩10分・市バス：市民会館前、徒歩１分）

いずれも入場無料です。
総合問い合わせ： 042-799-2915（シェア・ジャパン）
</td></tr>
</table>
]]></description>
         <link>http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_39.html</link>
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         <category>コラム</category>
         <pubDate>Thu, 11 May 2006 01:36:43 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>問い合わせ</title>
         <description><![CDATA[このサイトで提供されている情報に関するお問い合わせは
下記へご連絡ください。


<strong>シェア・ジャパン

〒194-8691　東京都　町田郵便局　私書箱１６号
TEL&FAX　　０４２−７９９−２９１５

<a href="mailto:sjmail@sharejapan.org">メールアドレス： sjmail@sharejapan.org</A>
</strong>

　]]></description>
         <link>http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_5.html</link>
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         <category>コラム</category>
         <pubDate>Fri, 12 May 2006 00:39:03 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>東京での講演会・伝導瞑想会</title>
         <description><![CDATA[<strong>■講演会</strong>5月12日（土）PM 2:00〜<font size=2>（開場 PM 1：00）</font>
日比谷公会堂　 <a href="http://maps.google.co.jp/maps?f=q&hl=ja&q=%E6%97%A5%E6%AF%94%E8%B0%B7%E5%85%AC%E4%BC%9A%E5%A0%82&om=1" target = "blank">＜マップ＞</a>
日比谷線「日比谷」駅　A14出口より徒歩3分
丸の内・千代田線「霞ヶ関」駅　B2出口より徒歩4分
定員：先着２０００名

<strong>■伝導瞑想会</strong>5月13日（日）PM 1:00までにお越し下さい
ラ・ベル　オーラム　　<a href="http://sharejapan.org/bcworks/aurum.html" onclick="window.open('http://sharejapan.org/bcworks/aurum.html','popup','width=500,height=358,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false">＜地図＞</a>
JR「御徒町」駅徒歩8分、銀座線「稲荷町」駅徒歩5分

<strong>●問合せ　03-3358-7130（ベンジャミン・クレーム招聘委員会）</strong>

<a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/2006.html">↑2007年来日講演会案内へ</a>

<img src="http://sharejapan.org/bcworks/tokyo.jpg">]]></description>
         <link>http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_41.html</link>
         <guid>http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_41.html</guid>
         <category>コラム</category>
         <pubDate>Fri, 12 May 2006 23:23:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>大阪での講演会・伝導瞑想会　</title>
         <description><![CDATA[<strong>■講演会</strong>
5月19日（土）PM 2:00〜<font size=2>（開場 PM 1：00）</font>
大阪厚生年金会館　芸術ホール　　<a href="http://gis.e-map.co.jp/standard/11175010/emapview.htm?ENC=BTjAg5bWM9X8MLDzIwT85glGlYlHPrU%2Bm3Ofjf%2FHJm6NPxwQ7EF1yUsTvMkJXUbeJNEXy0JVnIP2dtfLBMchum0rDuDnu3GpyNrBJdYaChZ%2FrvohPHImNts00QhBFO204uIqFVcKLJlNGJqs6ESo%2B4R%2B6NNubaSFbKRBhr5ARPeEIcrnHgykjg%3D%3D" target="blank" >＜マップ＞</a>
地下鉄：四つ橋線「四ツ橋」駅　2号出口徒歩5分
長堀鶴見緑地線「西大橋」駅　2号出口徒歩5分
地下鉄：御堂筋線、中央線、四つ橋線「本町」駅　23号出口徒歩7分
定員：先着1100名

<strong>■伝導瞑想会</strong>
5月20日（日）PM 1:30までにお越し下さい
ぱ・る・るプラザ京都　6F 会議室C　　<a href="http://sharejapan.org/bcworks/Paruru.html" onclick="window.open('http://sharejapan.org/bcworks/Paruru.html','popup','width=400,height=586,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false">＜地図＞</a>
JR「京都」駅烏丸口（中央出口）前

<strong>●問合せ　06-6773-2806</strong>

<a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/2006.html">↑2007年来日講演会案内へ</a>

<img src="http://sharejapan.org/bcworks/osaka.jpg">]]></description>
         <link>http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_42.html</link>
         <guid>http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_42.html</guid>
         <category>コラム</category>
         <pubDate>Fri, 12 May 2006 23:32:03 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>名古屋での講演会・伝導瞑想会</title>
         <description><![CDATA[<strong>■講演会</strong>
5月22日（火）PM 6:00〜<font size=2>（開場 PM 5：00）</font>
名古屋市つるまいプラザ（愛知県勤労会館）　１F　講堂　<a href="http://maps.google.com/maps?client=safari&q=%E6%84%9B%E7%9F%A5%E7%9C%8C%E5%8B%A4%E5%8A%B4%E4%BC%9A%E9%A4%A8&ie=UTF8&oe=UTF-8&om=1&z=18&ll=35.15278,136.91838&spn=0.002167,0.004962&iwloc=addr">＜マップ＞</a>
地下鉄：鶴舞線「鶴舞」駅5番出口南へ徒歩5分
 JR：中央本線「鶴舞」駅　南へ徒歩5分
定員：先着1000名

<strong>■伝導瞑想会</strong>
5月23日（水）PM 5:30までにお越し下さい
名古屋市つるまいプラザ（愛知県勤労会館）　2F 小ホール　　<a href="http://sharejapan.org/bcworks/Turumai.html" onclick="window.open('http://sharejapan.org/bcworks/Turumai.html','popup','width=500,height=732,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false">＜地図＞</a>
地下鉄：鶴舞線「鶴舞」駅5番出口南へ徒歩5分
 JR：中央本線「鶴舞」駅　南へ徒歩5分

<strong>●問合せ　052-836-1130（ベンジャミン・クレーム招聘中部委員会）</strong>

<a href="http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/2006.html">↑2007年来日講演会案内へ</a>

<img src="http://sharejapan.org/bcworks/nagoya.jpg">]]></description>
         <link>http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_43.html</link>
         <guid>http://sharejapan.org/bcworks/2006/05/post_43.html</guid>
         <category>コラム</category>
         <pubDate>Fri, 12 May 2006 23:33:49 +0900</pubDate>
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   </channel>
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