元労働党下院議員トニー・ベン氏へのインタビュー
SI誌2003年2月号より
「希望こそが鍵である」
聞き手:ジル・フライ
1925年にロンドンで生まれたトニー・ベン氏は、50年間の勤務を終えて2001年に下院議員の職を辞した。これは労働党の歴史の中でも最も長い下院議員としての勤務期間である。彼は国会議員の息子であり、孫であり、父であった。ウイルソン内閣とキャラハン内閣の閣僚をつとめ、1971 - 72年には労働党委員長であった。運輸一般労働組合と全国ジャーナリスト組合の会員、そして全国鉱山労働者組合の名誉会員であった。出版された「日記(Diaries )」7巻は1942年から1990年という長期間にわたっており、最近の本「やっと自由に(Free at last)」は1990年から2001年に及ぶ。その他に7冊の著書がある。
イギリスとアメリカの7大学の名誉博士号を持つベン氏は、ロンドン経済大学の客員教授およびレギュラーのブロードキャスターであり、最近は英国で講演旅行を行って大いに成功を収めた。生涯を通して英国と海外で平和と正義のためのキャンペーンを行い、その独自の率直な見解により良く知られている。
シェア・インターナショナル(以下SI):長年の間あなたが反戦の立場を取ってこられた背後には、どのような指導原理があったのですか。それは宗教的、社会的、人道的基礎、あるいはそれらすべてを網羅したものだったのですか。
トニー・ベン:それらすべてだと思います。私はクリスチャンとして育てられました。母は聖書をよく勉強している人でした。聖書の物語は、権力者としての王と正義を説く予言者との闘争に関するものであると母は教えてくれました。私は王ではなく予言者を信じるように教えられ、そのために多くの苦労を味わいました。しかし同時に、聖書はそんなふうに読むべきものだとも思います。年を取るにつれてイエスを教師と考えるようになりました。十字架の刑死の後で創作された人物である復活したキリストにはあまり興味がありませんでした。しかし、「隣人を自分のように愛しなさい」など、キリストが生前に与え、伝えられてきた教えは、私にとって適切であり役に立つものであるように思えます。こうした原則を日常生活に適用すると、何をやるべきか、何をやるべきでないかについての指示が得られます。ムラー、ラビ、ビショップらのいる宗教組織についてはあまり好きでありません。このような人たちは教師や予言者の教えを、権力機構をつくり出すために利用しているだけだからです。そして戦争状態に突入すると、これは十字軍だと私たちは告げられます。ですから、今イスラム教徒はこれを、冷笑しつつ「キリスト教国」と彼らが呼んでいるものによるイスラム信仰に対する攻撃だと思わざるを得ません。アメリカが格別に、キリスト教信仰の篤い国であるとは私には思えませんが。
また、実際的な要素もあります。私は戦争を生き抜いてきました。その間に1人の兄弟と多くの友人を失いました。ロンドン大空襲の際にロンドンにいて、戦争というものを垣間見ました。戦争を数多く体験したわけではありませんが、戦争を憎むにはそれだけで充分でした。
それから社会正義という観点から戦争というものを考えました――何が闘争をもたらすのか。もちろん不正義である。だが、不正義がすべてを説明しているわけではない――自分のために何かを手に入れるために戦争に行くギャングもいる――しかし一般的に言って、暴力は不正義によってつくり出される。そこで、その場合の法律の役割とは何であろうかと問い、世界的なシステムが全体として不適切ではないかと考えるに至ります。そういうわけで、私は国連憲章に興味を持っています。
さらに、民主主義というものがあります――結局、私たちがすべて神の子であるならば、天国に行ってそれが本当であることがわかるまで待つ必要があるのでしょうか。もし私たちがすべて兄弟姉妹であるならば、すべての人が今まさに平等な権利を与えられているはずです。社会主義的な要素や宗教的な要素を含むこのようなあらゆる原則の組み合わせが、私の意見を形成しています。
SI:あなたは政治家としての全生涯を通じて平和のために働いてこられましたね。
ベン:私は常に平和を支持してきました。ナチスが権力を強めていった1930年代の子供のころからずっと平和を支持してきました。平和に対する欲求は常に強烈でした。私が国会に入った時の最初のキャンペーンは反植民地運動に関するもので、英国植民地に独立をもたらすよう努力しました。それから水爆反対全国署名運動と呼ばれる最初の核兵器反対運動に関わりました。私たちはそれを1955年の終わりにアルバート・ホールで開始しました。その後、CND(核軍縮運動)が結成され、それに加わりました。私の仕事はすべて平和に関するものでした。なぜなら戦争は残忍であり、決して問題解決にならないからです。
さらに、戦争に魅力を感じるある種の人々がいることも忘れてはなりません。軍隊を持つということは素晴らしいことです。弱い政治指導者は外国で勝利を収めることで強くなることができるからです。新聞が交戦中の自国兵たちの写真をたくさん撮って評価を上げようとし、テレビ会社もそうします。ですから、誰もが平和を愛好するわけではないことが分かります。戦争に絡んだ利権を抱える人たちがいます。ですから、問題の解決方法を知るために、なぜ彼らがそれをやるのか理解しようと努める必要があります。
SI:あなたのご意見では、何がテロの根本原因でしょうか。
ベン:テロと戦争は同じだと思います。ステルス爆撃機による爆撃と、自爆による爆撃に違いがあるとは思えません。両方とも政治的な目的で無垢の生命を奪っているからです。これまでの歴史を通じてずっとそうでしたが、暴力の脅威に対処するにはその根本原因を突き止めなければなりません。数多くの事例があります。例えば、南アフリカのネルソン・マンデラ氏です。サッチャー夫人は彼をテロリストと呼びましたが、事実そうでした。1964年のリボニア裁判の際に私はトラファルガー・スクエアで話をしました。その時ネルソン・マンデラ氏はアパルトヘイトに反対する暴力的なキャンペーンを行ったために投獄されました。ところが、次に会った時にはノーベル平和賞を受賞して南アフリカの大統領になっていたのです。
北アイルランドの場合はどうでしょうか。マーチン・マックギネス氏やゲーリー・アダムス氏との会談がベルファスト合意成立の素地をつくりました。反対すべきものは暴力であって、自暴自棄になった個々の自爆犯によって暴力行為が行われたという事実ではありません。なぜなら、国家による暴力は、はるかにスケールの大きなものだからです。アメリカ人が関与したベトナム戦争では100万人が死亡しました。さて、それはテロだったのでしょうか、そうではなかったのでしょうか。ベトナム戦争は、個々のテロ行為を全く小さなものだと思わせてしまうほどの規模の暴力であったと言える、と言うこともできるでしょう。しかし、私はいずれをも正当化しているわけではありません。
そこで、人々が戦争に行きたがらないようにするために根本原因を探り、解決策を話し合わなければならなりません。テロを行おうと固く決意している人を引き止めることはできません。しかし、個々のテロリストを、テロを成功させるのに必要な支援を与える団体から引き離すことはできます。それが政治的な対応というものです。
SI:世界平和のための基本は何だと思いますか。
ベン:重要なことはたくさんあります。第一に、正義です。主人と僕の間に平和はありません。第二に、人権を尊重しなければなりません。第三に、人は自分自身の将来を形成する何らかの役割を担っているという感覚を抱かなければなりません。王、大統領、総理大臣などが行うことを傍観する単なる観客であってはなりません。アメリカ、イギリス、ヨーロッパなどの現代民主主義は、総じてこのような傾向があります。民衆は観客に仕立て上げられます。選挙民を援護すると見せかける巧妙な宣伝によって買収することのできる観客です。しかし、いったん観客の支持が得られると、観客は5年間何もしないで暮らし、国の統治者として観客が選出したお偉方や優秀な人たちを見守るよう期待されます。それは正しい意味での民主主義ではありません。しかし、自分を統治する人たちを排除できないシステムよりは勝っています。従って、それは非常に不完全な民主主義です。それには勤労者の領分はありません。メディアやビジネスにおける民主主義もなく、また教育における民主主義も必ずしも多くはありません。
何年もかかって私が到達した結論は、民主主義というのは最も議論の余地のあるアイディアであるということです。権力の座にある者は誰も民主主義を好みません。ローマ法王は民主主義を好みませんでした。法王がすべての枢機卿を選ぶからです。英国国教会には民主主義はありません。総理大臣が指導者を選ぶからです。スターリンもヒトラーも民主主義を好みませんでした。新労働党も民主主義を好みません。こうした人々はそのアイディアを用いて支配したいだけなのです。
SI:民主主義の必要条件に関して、あなたはどうお考えですか。また、あなたの政治的な考え方にとって、民主主義はどれほど大切ですか。民主主義とは、私たちがまだ達成していない何かを表現する一つの言葉にすぎないように思われます。
ベン:私は民主主義を定義しようと試みて、五つの基準を練り上げました。有力な人に出会ったら、次の五つの質問をしてご覧なさい。あなたはどのような権力をお持ちですか。それをどこから手に入れたのですか。誰の利益のためにそれを用いるのですか。誰に対して説明責任をお持ちですか。私たちはどのようにしてあなたを排除できますか。
自分に対する支配力を持った人を排除することができない場合、そのような支配力を持った人はあなたの言うことに耳を傾ける必要がない立場にあるでしょう。あらゆる欠点を持つ国会議員や総理大臣が、民衆の声に耳を傾けなければならないのは投票日に審判の日がやってくるからです。一方、銀行経営者や世界貿易機構、IMF、ローマ法王、ムラー、ラビは耳を傾ける必要がありません。なぜなら、権力の座についているからです。神が権力を与えたから権力の座にあるのだと言う人もいれば、市場に関連した、逃れることのできない決定に自分たちは従っているのだと言う人もいます。しかし、どのような正当化がなされるにせよ、彼らには説明責任がなく排除されません――私なら自分で排除することができない人には決して統治されないでしょう。まさにこの理由によって、実際に権力を握る人たちは民主主義を好みません。民主主義により、彼らが有する安全が損なわれるからです。
SI:どのようにしたら一般大衆を政治に参加させることができるでしょうか。
ベン:民衆は政治に無関心だと彼らは言いますが、私はそれについて非常に懐疑的です。無関心というアイディアは、トップの人々にとって非常に都合の良いものです。「人々は政治に無関心だ。私は真剣な議論で人々を悩ませたくない。私がプロバガンダをどんどん繰り出すと、人々はそれを受け入れ、口をつぐむだろう」と言えばよいからです。メディアは次のように考えます。「民衆が政治に興味を示さないならば、政治をすべて軽々しく扱い、無視し、そしてセンセーショナルなものにしよう。人々は興味を持たないのだから」と。しかし、民衆が無関心であるとは思いません。多くの人は非常に怒っていると思います。誰も自分たちの声に耳を傾けてくれず、また、失礼な態度を取られていると感じているからです。民衆は自分たちが言われることに不信感を持っており、「あの人たちは私たちに嘘をついている」と言います。従って、政治制度に対する民衆の反応は「何が起こってもかまわない。やりたいようにやってくれ。私を考慮に入れなくても結構だ」という類のものではなく、「なぜ、そのことに関して私には何の役割もないのか」が本当の反応です。ですから、「無関心」という言葉を使うのはおかしいのです。それは実際のところ、達成できるという感覚を伴った、物事を変えたいという人々の欲求を著しくはきちがえたものです。それでも外では、平和運動、年金受給者の運動、反グローバリゼーション運動、環境運動等の数多くの運動があります。しかし、それらはメディアには取り上げられないのです。
SI:こうした運動は盛んになりつつあるように見えます。
ベン:はい、盛んになりつつあります。それは私が半民主的なシステムの崩壊と呼んでいるものに対する反応の一部だと思います。もちろん、権力がグローバル化するにつれて、あなたが投票した人は必ずしも多くのことはできないでしょう。現在、ある意味では、総理大臣は国を統治するためではなく、世界を統治する人々に対処するあなた方の現場監督として選ばれています。そのことを正しく理解すれば、問題が多少明らかになるでしょう。
トップにいる人たちは自らの権力を分かち合おうとはしません。いつも「私は自分の宗教に従っているのだ」「私は経済法則に従っているのだ」というような、何らかの実に見事な理由を持っています。スターリンでさえも「私は労働者階級の先遣隊を代表している。だから邪魔をしないでくれ」と言ったのです。これはあらゆる世代が直面する闘争ですが、それについて悲観的になってはいけません。労働組合は、現在の状況よりはるかに好ましくない状況の中で結成されました。トルパドル村の犠牲者たちは処罰されましたが、チャーチスト(人民憲章の達成を目指す労働者)運動家や婦人参政権論者や南アフリカの反アパルトヘイト運動は勝利しました。従って、なすべきことは歴史を研究し、それがどのように達成されたかについて知ることだけです。自分の代わりに達成してくれる救世主を探すことではありません。
SI:世界のリーダーたちは、この次になすべきことに関して途方にくれていると思いますか。
ベン:はい。実際に進歩はどのようになされているのか、と私は自問します。私はキャタピラーを考えます。変化への要求は後方より来ます。キャタピラーの後方が押すと、後方は弓形に湾曲します。前方の目的は前進することではなく、現実主義です。後方を押すのは情熱と正義であり、キャタピラーの前方を押すのは現実主義です。そこでキャタピラーが言います。「われわれはもう前進できない、つまずいて転びそうだ」と。そこで、緊張を緩和するために十分な譲歩がなされます。平和運動、労働運動、および労働党のリーダーが上院に乗り込み、協力し合います。そこで上院議員たちは急進派の芽を摘みます。彼らは大層賢明です――体制側は、なすべきことを完璧に知っていなければ、これほどまでには長続きしなかったでしょう。彼らは圧力に応えなければなりません。しかし、早すぎてはいけません。自分たちが断念したくないものを断念することになるからです。彼らは圧力に応えます。そして渋々認めなければならなかった損失を取り戻すことができるまで待ち、それから奪回します。それから、圧力が再び形成されます。これは大変興味深いプロセスであり、このことを理解することは非常に重要です。
SI:現在の世界平和に対する主な脅威は何だと思いますか。
ベン:現在私たちは、世界にかつて存在したことがない最も強大な帝国が、所を得ている時代に生きています。アメリカは、どんな国でも軍事的に抹消し、ついでに揺さぶりをかけてほとんどすべての国の政権を交代させてしまうだけの十分な武器とテクノロジーを持っています。アメリカは、チリのアジェンデを排除しました。カストロを排除しようとしましたが成功しませんでした。ベネズエラのチャベツを排除したいと思っています。ブラジルのルーラを嫌っています。カダフィを殺害しようと試みました。率直に言って、仮にブレア氏がアメリカに反対の立場を取ったとしても、メディアがブレア氏をこきおろして、首相をすげ替えようとする根強い欲求が生じるとは私は思いません。、体制転換は、侵攻して軍事的に抹消するための正当な理由が実際に見つからないような国々に対して用いられるためにあり、それこそ最も危険なのです。
私は1925年に大英帝国で生まれました。当時は世界人口の20%がロンドンに統治されていましたが、現在私はアメリカの植民地であるイギリスに住んでいます。植民地が自由になる方法の一つは、帝国内の進歩的な勢力と一緒に働くことです。かつては進歩的な人々がマンデラ、ンコモなど多くのアフリカのリーダーたちと共に活動しました。私たちは、そうしたリーダーたちが体制転換を平和裡に進めることができるよう援助しました。アメリカには途轍もなく強力な平和運動が存在しており、そのような運動を行う人々と一緒に働く必要があります。彼らはアメリカの世論に直接的な影響を与えることができるからです。ブッシュ氏が望んでいることには我慢がならないということを、非常に明確にしなければなりません。しかし、危険は大いに高まっています。アメリカの軍事力は圧倒的であり、人々を脅迫し、買収し、恐喝してまで戦争を遂行しようとする能力を過小評価してはなりません。
パレスチナ情勢も典型的な例です。シャロン首相は大量破壊兵器を持っています。彼は国連決議を破り、アメリカ人の力を借りて完全武装し、地中海でトルコ、イスラエル、アメリカとの合同の海軍演習を行い、そして平和プロセスを歓迎するかのように見せかけています。
SI:商業主義化と市場のフォースについてはどうお考えですか。また、それはどのように世界に影響を及ぼしていますか。
ベン:多国籍企業は世界を動かそうと目論んでいます。そしてアメリカは、資源確保のために戦争に出かけるほど強い経済的関心を持っています――大英帝国と全く同じです。私たちが世界の広大な領域を占領したのは、安価な原料が欲しかったからです。多国籍企業は、イギリスに対してもそうですがアメリカに対しても忠誠心を持っていません。しかし、多国籍企業が関心を表現する方法は、アメリカの両政党を買収することと、どちらか勝った方から報酬をもらうことです。全く反民主的なことです。
SI:あなたが敬服する政治家は誰ですか。
ベン:私は世界について説明する人々と、世界を良くするために組織づくりをする人々に興味があります。私たちのためにそのようにしてくれる白馬に乗った新しい人物や、新しい救世主を私は探してはいません。A氏とかT氏を信頼したり、救世主を待ち望んだりするというのは非常に非民主的だと思います。
労働組合は、労働者の境遇改善面で多くのことを成し遂げました。そして女性は女性の境遇改善のための組織づくりをしました。私は英雄を探してはいません。しかし、カストロやマンデラはその範疇に入ります――彼らは世界について説明し、その改善のための組織づくりをしました。私はウィリー・ブラントを大層尊敬しています。彼は注目に値する人でした。大きな影響を与えてくれる人にこの世で会うことはめったにありません。しかし、ブラントは確かにそのような人でした。
SI:国連は世界情勢で極めて重要な役割を演じていると思いますか。
ベン:国連は、実際にはアメリカに支配されています。つい最近の例では、安保理決議1441があります。これはサダム・フセインに対して大量破壊兵器を明らかにするよう要求したものです。サダム・フセインは12,000ページの報告書を発行しましたが、アメリカはそれを押収して8,000ページを削除し、好ましくないところを除いた改訂版を非常任理事国に配布しました。削除した部分には大量破壊兵器をサダム・フセインに提供したアメリカの会社の詳細が含まれていますが、これについてコフィ・アナン氏は「それは不幸なことだ」と述べたにすぎません。もしアメリカが国連への報告書を押収し検閲できるならば、起こった事実に基づいたという戦争を正当化することはできません。人々は「それらの事実を見ていない」からです。
私は国連を信じています。しかし、200年前のイギリス議会に似ています。当時は、投票権を持つのはわずか3%の人だけで、地主階級が権力を握っていました。国連は潜在能力を持っています。しかしその潜在能力を発揮させるためには、国連総会の全メンバーを選挙で選び、さらに国連総会が安全保障理事会のメンバーを選出しなければならないでしょう。
SI:あなたが信じることのために闘っているとき、壁にぶち当たったような感じを抱いたことはありませんか。
ベン:夜中に日記を書いている際に、私はしばしば深い悲しみに襲われます。それはある程度は心理的なものです。特に今の世界を眺めた場合は、誰でも意気消沈することがあります。一方、恐怖や深い悲しみは、自分自身を監禁する牢獄のようなものだと自分に言い聞かせることもあります。希望こそが、牢獄の扉を開ける鍵です。希望こそが、事態を変化させるために挑戦しようとするエネルギーをあなたに与えてくれるのです。希望は進歩のための燃料であり、恐怖は自分を牢獄に閉じ込めるものです。あなたはただただ希望を保持し続けなければなりません――何事かなすにはそれが唯一の方法なのです。
SI:人類はあなたが望んでいる線に沿って前向きに進歩していますか。
ベン:近代の科学技術によって人々はかつてなく物事を知っています。人々はグローバリゼーション(つまり資本の自由な移動)と、国際主義(別々の国の人たちが協力して働くこと)の違いを認識しはじめています。
世界の諸宗教は、多くの事柄について考えなければならないと思います。すべての宗教は、その組織構造を切り離して考えるとき、いかに生きるべきかを教師たちが教えたことから始まりました。そのことが共通の基盤を提供しています。宗教を深く掘り下げるならば、すべてのものが依って立つ同じ岩の塊にたどり着きます。しかし、神はパレスチナをユダヤ人に与える不動産管理者であったというラビの言葉が正しいか否かについて議論をするならば、処理困難な論争になるでしょう。それはモーセやイエスやモハメッドとは全く関係のないことです。私は神学に非常に興味を持っています。ある日、私はある人と会って「あなたの宗教は何ですか」と質問をしました。「私は堕落した無神論者です」と彼は答えました。これは愛すべき言葉であると私は思いました。そして彼は言いました。「私は本当は神を信じていないのです。しかし人生には、良い車、家、ビデオを持つということ以上のものがあると考えます」と。人生には、無視することのできない霊的な次元があります。それを無視すると人生の目的を見失うことになります。
SI:世界が向かいつつある方向を、あなたはどのように見ていますか。未来に関しては楽観的ですか、それとも悲観的ですか。
ベン:楽観主義者でなければなりません。歴史のあらゆる段階において、深い悲しみを広めることに関わっている上層部の人々を圧倒するような希望のうねりがありました。トップにいる連中は、人々が盛り上がるのを好みません。そこで「さあ、私たちに任せておきなさい。ともかくあなた方は無関心で何もできないのだから」と言います。私の全生涯を通じて最も強烈な政治的発言は、サッチャー夫人の、「他に選択肢はない」という言葉です。彼女が言ったのは「何を考え、何を行い、何を組織しても、あなたは必ず失敗する。とにかく止めなさい」ということです。実際に彼女は挑戦してみないよう大勢の人々を説得しました。オルタナティブ――「もう一つの世界は可能だ(Another world is possible)」――は、最近ブラジルのポルトアレグレで開催された会議で用いられた句です。私は楽観主義者です。やってみなければなりません。
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シェア・インターナショナル誌 最新号: 2006年4月号の記事より
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