国境なき医師団ジェームズ・オービンスキー氏へのインタビュー
SI誌2002年12月号より
「薬はぜいたく品であってはならない」
聞き手:ダイアナ・ホーランド
国境なき医師団(MSF)は、世界中の武力紛争や疫病、自然および人為的災害の犠牲者たちに、本格的な医療援助を提供するために1971年に設立され、多大な尊敬を集めている独立の人道的医療救済団体である。それは85ヵ国で400件に上るプロジェクトを運営しており、1999年にノーベル平和賞を受賞した。シェア・インターナショナル誌は、カナダ・カルガリーでの2002年度G-8夏季サミットと並行して開催されたG6B(「60億の人々のサミット」――民衆サミット)の折、「国境なき医師団・見離された病のためのワーキンググループ」の議長であるジェームズ・オービンスキー博士にインタビューした。
シェア・インターナショナル(SI):MSFは、危機的状態に置かれている人々に緊要な薬をもたらすための、「必須医薬品のキャンペーン」を推進してきました。キャンペーンを始めるに当たって、あなた方の団体を駆り立てたものは何だったのですか。
ジェームズ・オービンスキー博士(O博士):社会の片隅で生きる見捨てられた人々を対象とする保健のための調査や開発に注がれる努力や資金の量には、はなはだしい不公平が存在しています。世界で90%を占める発展途上国での主要な疾病にまつわる症状や死因、苦しみには、研究や開発に費やされる世界資源のわずか10%しか費やされていません。言い換えると、経済的、知的、物的資源の90%が、10%に相当するいわゆる先進国の疾病や死因に対して費やされているのです。
このことが毎日この地上でなされている実態の構造です。どの日も私たちが診る患者たちは、世界の中で、貧困の中で最も貧困な人々、最も社会の片隅にいる人々、最も阻害された人々であり、彼らは政治的に注目されることなく、彼らの必要に向けられるべき進んだ新しい医療や新しい発明、そして新しい保健制度といった効果的な施策が施されることもないために、ますます多くの人が死亡しています。
SI:なぜそのようなことが起こるのでしょうか。
O博士:今日のグローバル化した政治・経済体制下では、誰が、いつ、何を得るかを決めるのは、主に市場、すなわち市場の力です。貧しい人はほとんどが効果的な購買力を持っていないので、彼らは「発展可能な市場」を代表していないのです。製薬工業のために投資するのに十分な見返りが期待できないために、アフリカ眠り病やシャガス病、トラコーマやリーシュマニア症といった、北側の人が聞いたこともないような、しかし何千万人をも蝕む病に効果的な新薬を研究したり開発したりすることができません。こうした病気には結核やマラリアやエイズも含まれています。
例えば、エイズに対する治療法はありますが、それらは発展途上国における日常生活の現実に即して取り扱われたり、使われたりする方法で修正される必要があります。それらは、湿度や温度の変化に敏感ではないような化学的に安定している、簡単に服用可能な1日1回服用程度のもので、冷蔵庫なしで長期間貯蔵可能なものである必要があります。エイズを例に取りましたが、同じ原則が、私が先に触れた他のほとんどすべての病気について当てはまります。その上、新しく効果的な治療法に関する研究が必要です。
SI:効果的なパッケージと配布法、そしてそれを入手しやすく手ごろな価格のものにする必要があるとおっしゃいますが、それを妨害しているのは何ですか。単に市場のフォースなのでしょうか。
O博士:あらゆる種類の問題がありますが、簡潔に言えば、政府は、薬であろうが保健であろうが、効果的な製品やサービスを開発し、配布する唯一の方法は市場の力であるという考えにますます傾いている、ということであって、基本的な問題は、この仮説にあるのです。市場の力では、私が先に述べた、放置されている病気に効果的な療法を開発することができません。エイズ、結核、マラリアに対して、今ある治療法を適用することができません。また、市場の失敗を直ちに、公共政策の失敗の言い訳に持ち出すべきではありません。私たちは社会が市場に支えられているという考え全体を覆すとともに、市場が社会に支えられているということを認識しなければなりません。
経済は道徳に無関係である、と盛んに言われています。もし行為に道徳的な規範がなければ、経済は道徳に無関係なままです。市場に道徳的規範が存在する余地があると期待することは、全くむなしいことです。疑いもなく、肝心な問題は、社会を規定する基本的な価値と原則とは何かという問題です。それこそが、社会及び市場が依って立つ出発点でなければなりません。
私たちは、公共の善という概念を確立する必要があります。つまり、すべての人が、ある物事、ある概念、ある物資、あるサービスから排斥されることのない権利、住む家を持つ権利、食物を得る権利、健康管理を受ける権利、そして、生命を救うのに不可欠な薬を得る権利を有するという概念を確かなものにする必要があります。
SI:これらすべては、「国連世界人権宣言」にあることですね。
O博士:私は、国連世界人権宣言が人間の尊厳と権利に関する基本的な指標を規程するグローバルな規範を設定していることに、原則的に同意します。しかし、これらの権利と共に義務もまた、伴っていなければなりません。私が公共の善の概念について話すとき、これ(義務)が社会的規範の核心的な部分であると思います。私はまた、公共の善として、必要不可欠な薬品を加えたいと思います。
SI:あなたは、どうしたらすべての人が必要不可欠な薬品を手に入れることができるようになるとお考えですか。
O博士:薬を発明する過程は、歴史的に公的機関、すなわち大学とか公立の研究所によって推進されてきました。次に、典型的にある程度民間部門で行われてきた「研究と開発」と名付けられている過程があります。過去100年間以上にわたって民間部門が大変有用な薬品を作ってきたことを、私たちはよく理解しなければなりません。しかし、個人または組織が薬品を作ったからといって、その薬品を入手する道を他人から排除する独占権を彼らが持っていることにはなりません。
SI:政府は、口先だけでなく、事実、市場のグローバル化を奨励しています。どうしたら私たちは、あなたが指摘された利益主導の動機とは異なった道を取ることができるのでしょう。
O博士:それには、政治経済領域を規定している、根底にある活力と根底となる原則および価値――およびその欠如――を、私たちが消費者としてではなく市民という立場で自覚することが必要です。また、価値が社会を動かすのだということ、そして、市場は社会に根ざすものであり、その逆ではないということを主張し、民主主義の基本的な前提である市民として責任を持つということが必要です。また、彼らがその次に、これらの必要を満たすための具体的な社会の基盤整備を政府が行うように主張することが必要です。
国境なき医師団は昨年一年間、最も治療困難な病気に対応する医薬品を研究・開発する国際的な公立部門を設立すべく懸命に努力しました。私たちは大変具体的な計画を持っており、ブラジル医療研究評議会、インド医療研究評議会、タイとマレーシアの医療研究評議会、パリのパスツール研究所、WHO熱帯性疾病研究部門、そしてアフリカの研究者ワーキンググループの協力を得ています。私たちは、これらのグループと一緒になって、いかにしたら「放置された疾病の治療薬開発計画」をつくることができるのかに努力を集中し、5つの即効的医薬品開発計画を発動させました。
私たちは政府が率先してこれに財政援助すべきであり、これから学び、もっと効果的な働きをする大規模な提案をなすべきであると主張してまいりましたが、これは市民が何を成し遂げることができるかを示す非常に良いモデルになります。結核や癌やエイズの歴史について、特に西洋世界での歴史を見れば、市民が自ら組織をつくり、政府が研究することを要求し、問題に立ち向かうことを要求したときにのみ、政府は(その問題に)注目し始めたのです。
SI:理想的な状況であるとして、どのようにしたらあなたの進めておられることが、実際に実現できるのでしょうか。もし望み通りにうまくいっているとしたら、今何が起こっているでしょうか。
O博士:基本的な保健のための基盤が発展途上国で確立され、機能し、維持されていることでしょう。発展途上国は、エイズや結核やマラリアその他の治療困難な病気に対処する、自らに適した良質な医薬品を開発する能力を必ず示すでしょう。彼らは自分たち自らの健康のための研究および開発の能力、それも彼らの要求に最も適った研究と開発を行う能力を示すでしょう。そして、かれらの民衆の要求に沿った新しい方法を開発することでしょう。
最後に、必要不可欠な医薬品の入手に関しては、公正な価格を保つ国際的な制度が確立されるでしょう。薬の価格が北側諸国では高く、南側諸国では、個々の市民や政府がこうした薬を購入することができるように、かなり低くあるべきことが理解されるでしょう。このようなことは、市場の力だけの問題ではないことが、ここでも明らかです。これはまた、「常に貧しい人々はいるであろう、常に社会の片隅で生きる人々はいるであろう、常に経済体制の外にいる人々はいるであろう」という問題ではありません。私たちは、彼らが仲間に加えられて、彼らの要求が必ずかなえられるようにする義務を人間として負っているのです。
SI:このためにかかる費用は、大体どのくらいなのですか。
O博士:世界保健機構(WHO)がスポンサーしているマクロ経済と保健委員会による2001月12月の報告書からジェフリー・サックス氏が引用しているのですが、私が今述べたようなことを成し遂げるために、2007年までに年間280億ドルを要し、2015年までにその額は年間380億ドルに増加するであろう、とのことです。国内生産高(GDP)が年間21兆ドルのG-8にとっては些細な額にしかすぎません。
SI:それをどの程度、楽観視しておられるのでしょうか。
O博士:もし発展途上世界における伝染病と保健行政とが、新しい事業の中核に位置していなければ、その事業は失敗することでしょう。昨年グローバル・ファンド(国際基金)がコフィ・アナン国連事務総長によって設立され、G-8諸国がそれを承認しました。それはエイズ、結核、マラリアの治療や予防、コントロール戦略のために年間100億ドルの資金を呼び掛けています。現在までのところ、G-8諸国は必要額の年間わずか5%に相当する資金を供出しただけです。5%では、計画を始める足がかりにすらなりません。もし、世界の最も豊かな国々が自分たちで始めた最小限の義務さえ果たさないのであれば、数知れない人類を非人道的な苦しみに落とし入れるだけでなく、自分たち自身の人間性をもおとしめる結果になるでしょう。
詳細な情報は、www.msf.caの国境なき医師団までお問い合わせください。
*ジェフリー・サックス教授は、経済学者であり、米国ハーバード大学・国際開発センター所長である。
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シェア・インターナショナル誌 最新号: 2006年4月号の記事より
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